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ヴァイオリンのニス塗装に関するHSP的考察(1)

 ヴァイオリンの塗装に使用されるニス(オイルニス、アルコールニス)に関して、daddylongbodyさんの興味深い記事を見つけた。

 音楽を少しばかりかじった身としては、そんな単純な話ではないとは承知であるが、溶解度パラメータを切り口に考察できたら面白いのではないかと思い、手始めに2種類のニスについて、ハンセン溶解度パラメータ(HSP値)を用いて考察を試みた。なお今回は、松脂の成分をアビエチン酸、オイルニスおよびアルコールニスの溶剤として使用されるテレピン油およびアルコールの成分を、それぞれピネンとエタノールとして、各成分のHSP値を算出し親和性を考察した。

 各材料のHSP値は表1の通りである。値はすべてHSP解析ソフトに掲載されているものを使用した。恐らくアビエチン酸やピネンは、構造式に起因するパラメータを用いて算出する原子団寄与法に基づいて求められた計算値であると考えられる。より正確な値を求めるためには、溶解試験(松脂)や混合試験(テレピン油)による算出が望ましいだろう。また、表1の右列には、松脂と各溶剤とのHSP値間距離を記載している。この値から松脂と化学的な相性が良い溶剤はピネン(テレピン油)と考えられる。参考として、HSP値間距離を定性的に理解するための図を示した。松脂とピネン間距離がエタノールとの距離よりも小さくなっていることが理解できると思う。

 さて、結果だけを見ると「松脂と相性の良いオイルニスでいいじゃないか」と思われるかもしれないが、そう簡単なものではないようだ。ニスを作製するだけであれば松脂と溶剤間の相性で話は済むのだが、塗装・乾燥プロセスまで目を向けると、塗布対象も含めた3体相性問題を考えなくてはならない。
 別の記事によると、オイルニスとアルコールニスはそれぞれ以下のような特徴を持つようだ。 


オイルニスの特徴
・塗装作業が簡単
・柔らかく仕上がるがべたつきやすい
・使えるニスの種類が少ない
・調合作業が大変

アルコールニスの特徴
・塗装が難しく技術が必要
・使えるニスの種類が多い
・調合が比較的簡単
・柔らかいニスが難しい
・乾きやすい

 簡単にまとめるならば、オイルニスは「塗工しやすいがべたつきやすい」反面、アルコールニスは「塗工しにくいがべたつきにくい」と言うことができ、塗布対象である木材表面の性質を考慮することで考察できる。
 木材表面は疎水性(親油性)と考えられ、有機溶剤であるテレピン油に対して濡れ性が良く、親水的なアルコール溶剤に対しては濡れ性は悪くなる。塗心地の差はこの部分に起因すると考えられる。また、テレピン油は高沸点かつ松脂のHSP値と近すぎる(馴染みが良すぎる)がゆえに揮発しにくく、べたつきの原因になっていると考えられる。その点、アルコール溶剤は沸点も低く松脂のHSP値と離れているために容易に揮発しやすく、べたつかないと考えられる。

 人間関係よろしく、つかずはなれず が大事、といったところだろうか。

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