魚臭さは植物オイルで取り除け
ハンセン溶解度パラメータ(HSP)のアプリケーションで、面白いものがあったのでまとめてみました。
フィッシュボックスとは
スーパーの鮮魚コーナーで、記事サムネイルのような箱を目にする機会は多いと思います。この箱、発泡スチロールでできたフィッシュボックス(以下、ボックス)は、軽量で断熱性に優れており、鮮魚の輸送に用いられています。しかし、ボックスは衛生上の理由から一度しか使用されず、日本では大量に廃棄されているんだとか。そのため、東京都中央卸売市場などの大規模市場では、ボックスを圧縮してプラスチックのインゴットにするリサイクル活動が行われているようです。
フィッシュボックスのリサイクル方法
リサイクル手法のひとつとして、本論文中では大島カレッジ法(OCMT)と呼ばれる方法を取り上げています。この方法では、廃植物油を溶媒として使用し、160〜200℃の油のなかでボックスを加熱します。加熱することによって、ボックス内に閉じ込められていた空気が膨張し外に排気されます。また同時に、発泡スチロールの構造も柔らかくなるためボックスの体積が約50分の1まで減容できるようです。こうしたリサイクル方法は他にもいくつかあるようですが、ある物質のせいでリサイクルの効率を向上できない問題があると言います。
リサイクルを阻むもの
その原因は、トリメチルアミンという物質にあります。使用後のボックスにはこの物質が付着しており、いわゆる「魚臭さ」を発生させます。その臭さゆえ、使用後のボックスはリサイクルに回されることなく廃棄されているようです。
本論文の着眼点
本論文では、大島カレッジ法(OCMT)が魚臭さを除去できる可能性を検討しています。具体的には、トリメチルアミンが植物油に溶解するかどうかをハンセン溶解度パラメータ(HSP)の観点で調べています。また、海岸に漂着した発泡スチロールの磯臭さの原因である、ジメチルスルフィドの溶解性も検討しています。2020年9月現在、ポリスチレンからトリメチルアミンやジメチルスルフィドを脱臭する方法は、筆者の知る限りでは報告されていないようです。したがって、植物油を用いて魚臭さ・磯臭さを脱臭できる可能性が分かれば、OCMTは減容化・脱塩に加えて脱臭機能も果たすことになり、リサイクルの効率化が期待できます。
以下では、検討内容について私なりにまとめた概要を説明します。かなりかいつまんだ説明になっているとは思いますが、可能な限り筆者の展開の本筋に即したつもりです。ご容赦いただければありがたいです。
本論文では、植物油として9種類の化合物が取り上げられています。この記事では、そのうち4種類の化合物を対象として、臭気(トリエチルアミン、硫化ジエチル)に対するHSP値間距離を計算しました。また、ポリスチレンに対する距離も同様に計算し、臭気-植物油間距離との大小を比較することで、臭気が除去できるかどうかを考察しました。なお、HSP値間距離は、下記式を用いて計算しました。
結果と考察
結果を表1および表2を示します。いずれの結果も、臭気-ポリスチレン間距離に比べて臭気-植物油間距離が小さくなっています。HSP値間距離が小さいほどその物質同士は馴染みやすいと言えるため、どちらの臭気もポリスチレンよりも植物油と相性がいいと考えられます。したがって、臭気まみれのボックスは植物油で炊くことによって、脱臭できる可能性があると言えるでしょう。
ただし、この結果はあくまでデータベース上のHSPを用いているため、実際に使用するボックスや植物油のHSPとは異なる可能性が考えられます。これは実測してみる他ありません。筆者もそのことを課題として認識されているようでした。しかし、ざっくりとはいえ脱臭物質の候補をスクリーニングできる(あたりをつけられる)上では、有用な方法ではないでしょうか。