噂話ととあるカルテ
一人目
だって、元々学校になんてほとんど来なかったような奴だぜ。今更、突然来たって、なぁ。どうしろって話で。
でも、あの日のことは、正直忘れらんない。そりゃさ、からかった洋平が一番悪いとは思うよ。でもさぁ、そんだけでさぁ。なんかおかしいやつだとは思ってたけど、マジで。ないでしょ。カッターで、自分の首切りつける、とかさ。
やべぇの。白いシャツがどんどん真っ赤になってってさ、なのにアイツ笑ってたんだぜ!もっと小学校の時とか、髪もぼさぼさでビンボーくさかったらしいんだけど、それがいきなりちょっときれいになって、んで初めて学校に来た日にさー!そんときはみんなビックリしすぎて、女子がゼッキョーするまで全然動けなかったんだけど、後々になって考えると、やべーよな。救急車が来て、その日学校はもう終わりで帰れって言われたんだけど・・なんか、遊べるじゃんとか思ったけど、イマイチそんな気分になれなかったわ。
二人目
あたしは・・小学校も一緒だったから、知ってて。でも、たまにしか小学校にも来てなくて・・・。お母さん?が結構怖い人だっていうのは、聞いてました。でもリコンしたとかで、確か途中で名字が変わってたはず。
あの日、多分中学校に初めて登校して来てて・・洋介君がすごいからかってたの。みんなやめた方がいいって思ってたと思うけど、一部の男子が調子乗っちゃって・・そしたら、彼、とつぜん椅子とか机とかけり倒して。それで、「先生呼ぶからなー!!」とかって大爆笑してた洋介君のおなか、殴って・・それで、笑い出したんです。そして・・・、・・・、もう、なんか、あの日からずっと、あたし、教室入るのが怖いんです。あそこで、カッター持って・・みんな、洋介君が切られるって思ったとおもう。だから、彼と、洋介君を引きはなそうとして。そしたら、違ったんです。そのまま、彼・・・、・・・・、ごめんなさい。もう、これ以上、話したくないです。
三人目
いえ、あの、正直ここまでの問題になるとは思ってもいませんでした。元から在籍していた小学校にも殆ど登校せず、たまに登校しても同級生への暴力など問題が多い生徒として、一応中学入学前に申し送り書・・あ、いえ、小学校側から連絡事項が来ておりまして。とはいえ本人も結局この時期・・中学1年の冬まで一度も登校せず、という有様だったもので。ああ、そんな。まさか、登校していない期間のフォローも、勿論していましたよ、はい。どうも両親が学校に行かせないようにしていたようで・・、はい。
それが・・一応担任ですので話の経過は聞いておりましたが、例の、義母と実父の・・・はい。フィクションみたいだと思いました。それで、刺傷が治って、はい、施設に。退院後、ようやく登校できたかと思いきや、初日でコレですから・・・。
生徒の悲鳴が聞こえたもんですぐに駆け付けたんですよ。そしたら、椅子だの机だのが倒されまくってぐちゃぐちゃの教室の真ん中で、彼が首から血を流して笑っていたもので。ええ・・動脈?まではいっていなかったそうですが、結構深かったらしいですね。・・いや、そんな、そのあとすぐにまた入院して、転校していった子ですから。被害者も出た訳じゃないですし‥ああ勿論、勿論。その場に居た生徒たちの心のケアは万全ですよ。そうそう、もうこれは片付いた話ですから、ええ。とはいえ、やはり・・親がまともでない家じゃ、まともな子供は育たないですよ。ああ、別に。何でもありません。
カルテNo.1557
常本 孝介 13歳 入院日/2012年12月14日 病棟/7階西病棟
・同年6月に腹部刺傷で緊急搬送、翌7月末に退院許可が下りたものの精神的に安定せず。3階外科病棟から6階東病棟(開放病棟)に転棟、投薬の上カウンセリングを行うが、4階のカウンセリングルームの窓から飛び降りようとし、急遽6階西病棟(閉鎖病棟)に再転棟。その後も急性期と陰性期を繰り返すような状態が続き、安定までに約4カ月を要した。その後6階東病棟に転棟、日常生活にもある程度通院で対応できると判断、退院。実父・義母はそれぞれ公判が開始されていた為、近隣の児童養護施設・○○園への入園が決まり、学区内の中学校に本人の意志もあり登校することが決定した。
・登校初日、クラスメートにからかわれた事をきっかけに、利き手である左手で自ら首を切りつける。傷は深さ4~5㎜、長さ50㎜程。緊急搬送され縫合手術のち血圧、心拍は安定。しかしフラッシュバック様のパニック症状が続き、自殺を仄めかす言動も多々見られることから、集中した環境での治療が必要であると判断。7階西病棟(急性期治療病棟)に入院を決定する。2013年1月29日、状態が安定したため6階東病棟に転棟。
現在(※2013年2月)、施設側に本人との養子縁組を望む夫婦が訪れたとのこと。当センターとも提携している保護司の佐久間夫妻とのこと。今後、面会を通して調整予定。
※特記事項
・尚、2012年11月に行ったWISC-Ⅲにおいて、言語理解(VC)と注意記憶(FD)の指数が双方150を超える結果となった。知覚統合(PO)と処理速度(PS)については平均範囲内(参考:117,112)であった。このうち、数唱の検査中、一切何かを思い出す素振りを見せず、”通常時の会話と同一のように”即座に数列を返答していた(尚、数唱の検査においては全問正解であった)。検査後、検査中の態度について問うと「一度聞けば誰だって覚えられるでしょ(ママ)」とのことであった為、記憶能力において何らかの偏りがあると考えられた。その後、改めてWMS-Ⅲを行ったところ、「注意/集中力」は135であったものの、残りの全ての指標において180近い値を示し、本人の記憶能力の著しさが明らかになった。
但し、本人の生育歴を鑑みると、その高い記憶能力が悪影響となる可能性も十分に考えられる。慎重な治療と細やかなカンファレンスが求められる。
2013年2月21日 児童精神科 橋本 太一