白兎の手紙

 親愛なるアリスへ 

 アリス。アリス、私は裏切っているつもりなどなかったのです。いわば出向のような、そんな。けれど私がはたらいているのは紛れもない裏切りであると、今この状況に立たされて初めて、私は痛感しました。

 告知台に立つ私に向けられる、貴女の絶望の瞳が。証言者席にいるあのイカレた帽子屋も、恐らく何もかもを思い出したのでしょう。ええ、そう。これは私に与えられた罪と罰。けれど、人との間に生まれる関係性がここまで自分を束縛し、約束させ、時に自身を自己嫌悪に陥らせるかなんて私は知りませんでした。そう、それは私に任務を与えたあのお方すら憎むほどに強く、私の身を、罪を、心を焼き尽くすのです。こんな感情を知らされるくらいなら、いっそ貴女なんかと会わなければよかったと、そんな風にすら思うほどに。

 しかし、どれほど貴女を恨んだとしても、ほんの数瞬後にはまた、私の胸には貴女への敬愛が満ちているのです。そしてそれがまた、自己嫌悪を燃え上がらせる。・・私の所属している本来の組織の力をもってすれば、記憶処理など容易な事でしょう。けれど私は敢えてそれを断りました。恐らく、主にも私の意図は伝わっているはずです。自身の罪を、罰を、抱えることになったとしても。代わりに得た貴女との思い出を、この最後の時まで私は捨てたくなかった。ですから、この選択に私は、躊躇いなど一切感じていません。そこまで大切に思ってしまった貴女の元を、こんな最低な形で去ることになってしまったのだから。私に払える代償など、せいぜいこんなもの。言い換えれば、こんな幕引きの形など、私の自己満足のようなものでしかないのですから。 

 私も、昔のことははっきりと覚えてはおりませんでした―――特に、13年前のあの日の事については。もし貴女が、こんな私の自分勝手な手紙を読むことがあったのなら、どうか私の代わりにあの男に謝っておいて下さい。気に食わない男ではありますが、特段傷つけようと思う訳でもないのです。ですから、あのような結果に―――しかも、私の居場所を突き止めるためにやむを得ず彼の封じられた記憶のテリトリーをこじ開ける、という手段に出たと聞きました。無論、彼が正気に戻ることがあったら、で結構ですから――あの日、スペードのジャックの代役を務めた私を、それでもきっと彼は赦さないでしょう。けれど良いのです。貴女に対しても、同じ。ただ、申し訳ないだけ。許してもらおうだなどというおこがましいことは、全く考えていません。

 ファミリー内の執務室に残っている私物は極力処分したつもりですが、一応念の為にドードーに最終処分を依頼してあります。自宅のアパルトマンの処分は8番街の公爵家の方に任せたので、何も貴女の手を煩わせることは無いと思います。10年間、お世話になりました。このような形での別れの挨拶となって本当に申し訳御座いませんが、ただ一つ、信じて頂きたいのは、貴女と過ごした期間の私の忠誠と敬愛は、全て本物であったという事だけです。


 11月23日 執務室にて

 白兎、改めNo.36


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