国際デザイン賞審査員長日記・3日目
そんなわけで、今日から審査が始まるわけだが、困ったことが発生した。ここ数日、いわゆるイヤホンの着用のし過ぎで外耳道が荒れてしまっていて、左耳が聞こえづらい感じになっていたのが、審査までに治るかなーと思ってたら治ってはきたんだけど完治しなかったのだ。
多少聞こえないのはしょうがないとして、自分の声がどの程度出ているのかの感覚がつかめないのがちょっとまずい。ここまでの日記で書かせて頂いたように、審査員長というのは結構な割合司会業なので、望ましくない状況だ。
さらには、丹治くんの休場がめっちゃ心配だ。丹治くんは、長男と同い年の幕下力士で、デビュー以来応援しているわけだが、今場所は一番だけ相撲をとって休場してしまった。大した怪我でもなさそうに見えたので、何か、未成年なのに酒飲んじゃったとか、不祥事とかそういうのでないかがとても心配だ。心配だが、耳もアレだし、自分の心配しとけ、という感じだが心配だ。
審査はロンドン随一のでかい観覧車であるロンドン・アイの横にあるカウンティ・ホールというところで行われる。審査員の集合は朝の8時からで、朝食が供される。今日のところは何時まで拘束されるかわからないので、例によって、ピアノとか中国語とかの日課を8時までにこなさないといけないので、めっちゃ早起きしてどうにか完了した。
緊張のあまり、ものすごい量の朝食を食ってしまった。自分にとって、一人で飯を食っている時間というのは自由な時間だ。私は人と接するのにエネルギーを消費するタイプなので、なるべく一人で飯を食うことに集中して孤独を担保したかったりする。今日みたいに緊張感があるシチュエーションだと、際限なく飯を食い続けたくなる。丹治くんも心配だし。
9時から全部門の審査員を集めた全体ブリーフィングみたいな会があって、D&ADの歴史的な経緯とか考え方とか評価基準とかが説明される。で、それが終わるといよいよ部門に分かれて審査が始まる。
事務局の方に促されて自己紹介とこの部門の審査を行う上での留意点とか心構えみたいのを一応皆さんにお伝えした。一応、この部門の平審査員?経験が2回ほどあるので、この部門のクセみたいのは概ねわかっている。このクセというのは、結果が発表されたところで書けるような気がする。お伝えしたんだけど、まあ日本語でもなかなか難しくなりがちな論点なので、最後は「いろいろ面倒な議論があると思うけど皆さん協力してください」的なことをお願いする感じになった。
あと重要な点として、プログラマー・エンジニアというか、技術者な人が全審査員の中で私しかいなかったので、「基本的に司会進行するけど、技術の話になったらそこそこしゃべります」という旨も伝えた。
そのうえで、「全体的に仕切るけど、英語母国語じゃないのでまあまあがんばらないといけないのでみんな助けてね!」ということと、「左耳が聞こえづらいんだけど、Play it by ear(臨機応変に対応する)でがんばります」なんてうまいことを言って言い訳しつつ笑いを取りつつ、いよいよ審査プロセスに入る。
ショートリスト(とりあえずの優秀作品リスト)の取りまとめのために、残っている作品を1つ1つ観て、皆さんの意見を聞いていく。
結構な量があるので、このショートリスト審査に1日くらいはかかってしまう。ということで、今日の目標はショートリストの確定、ということを決めてペースを読みながら議事を進行していく。
とか偉そうに書いているが、やっていることは過去に自分がお世話になった審査員長の方々の振る舞いをパクっているだけだったりする。誰か発言できていない審査員はいないか、声がでかすぎる人はいないか、極端な意見に引っ張られてないか、なんていうことに常に注意しつつ、発言を回していく。結構緊張している審査員もいるので、うまいことしゃべってもらう、みたいなことをやりつつ、瞬く間に1時間くらい経過。みなさん、お互いの傾向などを把握して、議論も活発になっていく。
ここで最初の休憩。あらかじめ準備していた作戦を発動した。別に大したことではないのだが、行きの飛行機に乗る直前に、「これをちょうど良いタイミングで配るとたぶん場が和むのではないか」ということでとらやの羊羹と最中を買い込んでおいたのだ。ここだ! とばかりに「とらや作戦」を発動した。これはうまいこと行って皆さん喜んでくれた。とらや効果はどんな局面でも、どんな場所でも絶大だ。謝罪にもお願いにも、審査員仲間の掌握にもとらやは有効だ。
午前中の審査を終えて、事務局の皆さんにも、「あんたうまいことやってるよ」なんて言ってもらえたし、概ね順調に進んでいった。
あと、このへんで気づき始めていたのが、「これはある種、平の審査員より楽な部分があるぞ」ということだ。一審査員だと、闊達な意見を求められがちだし、議論の中でなんらかの爪痕を残すぞ、みたいな気分になって、いろいろ考えてしまう。対して審査員長という立場だと、爪痕を残すよりも、みんなにいろいろ言ってもらうことのほうが大事になるので、あんまり頑張って主張しなくて良いところがある。なんていうか、基本ニコニコしながらバランスを取るのがメインの仕事になるので、その点結構楽なのだということに気づいた。
午後に入って、皆さんどんどんこなれていき、議論もスムーズになっていった。スムーズにはなっていったんだけど、何しろ長い。合計7時間くらいの議論を重ねて、無事にショートリストの選定が終わった。
というわけで、この記事では審査員長としての苦労話を書くことになるんだろうと考えていたが、審査員の皆様のご協力のお蔭もあって、思ったよりスムーズに1日目が終わった。
と言っても細かいのはまあまああって、後半になると疲れ始めて電池切れになる審査員も出てきたりするし、「休憩!」って言う前に勝手に休み始めたりする人が出てなし崩し的に休憩になったりとかそういうのはあったが、概ね、想定していたより全然スムーズだった。なかなかドキドキしたけど、どうにかなって良かった。
そんなわけで、明日は部門の審査の2日目。いわゆる、金銀銅賞みたいな感じのランクに相当するものを決めていく日になる。審査員長の仕事はその後もまだ続くが、部門の審査は明日で終わりになる。
あと、がんばっているうちに、耳もいつの間にか聞こえやすくなっていた。とか良いことを書いてきたが、好事魔多し、さらに困ったことが起こった。
あと、楽だとか言ってたのは全然嘘だった。
つづく。