1207「愛はKPIを超える」

上海に着いて空港で麻辣香鍋を食い、取引先というか、一緒にいろいろやらせて頂いている某社の新オフィスに行き、必要なやり取りをし、仕事させてもらいに行った。だだっ広いワンフロアに引っ越したばかりで机が結構空いていたので、「この机、BASSDRUMの上海オフィスにしていいですか?」と聞いたら「いいよ」というわけで上海オフィスができた。で、夜遅くに深圳に移動した。夜中の3時でもめっちゃ空港のタクシー並んでた。超疲れた。

私はいま現在、2つの連載を持っていることになっている。大学生の頃は物書きになれたら良いなーと漠然と思っていたので、もちろん本業ありきの活動であり、内容でもあるが、とてもありがたいし嬉しい。

1つはnew reelの「あおぞら技術用語」で、これはいつも誤解されるのだが、技術用語をわかりやすく説明する連載では全然なくて、あくまで技術用語の周辺に漂う儚さとかかわいさとか、そういったものを歳時記っぽく書いていきたいものなので、技術用語の意味を正確に知りたいというニーズに応えられるようにはなっていない。

もう1つは、FINDERSさんの連載だが、現在原稿を壮絶に止めていて、本当に申し訳ない気持ちしかない。過去、三つ書かせて頂いていて、わりとどれも好きな内容なのだが、こういった類のためになりそうな文章って、ちゃんと取材して納得できるところに落とし込まないと退屈になるので、すごく難しいことを知ってしまった。ネタはあるし、取材もしてるのだか、なかなかきれいに仕上がらない。いま深圳にいるから、きっと何か書く。

で、そのFINDERSさんに、私の担当をされている神保さんによる、ニューヨークで活躍しているジャズ作曲家の挟間美帆さんのインタビュー記事が掲載されていて、もうこれは素晴らしいとしか言いようがない記事なので、いろんな人に読んで欲しい。前後編ある。

ギル・エヴァンスの弟子、みたいな触れ込みで登場したマリア・シュナイダーは、ジャズという枠組みを超えて、もうなんでもいいけど、とにかく美しくて映像的な音楽をたくさん生み出してきた。かれこれ20年くらい、私は彼女のオーケストラの音楽を聴き続けてきたし、私の結婚式では「ご来場のお前たちは全員これを聴いて感動しろ」とばかりに、サードアルバム「Allégresse」に収録されている、私の中では人類音楽史上最高の名曲である「Hang Gliding」をループで流した。全然合わないけど、これでケーキ入刀したりした。

挟間さんの音楽は、マリア・シュナイダーの流れを引くと評価されがちで、もちろんマリア・シュナイダーの音楽が好きな人で挟間さんの音楽を聴けない人は誰もいないはずで、同じ気持ち良さを持っていることは間違いないが、その音楽は映像的ではなくて、もっとアルゴリズミックで理系だと思う。ストリングスを入れた「変な編成」から紡ぎ出される音楽は、マリア・シュナイダーのように「目を瞑るとミネソタの空が目に浮かぶよ」的なことではなく、もっと呪術的で肉体的というか、不思議な踊りを一緒に踊らされているような音楽だと思う。

アルバムのリリースを重ねるごとにどんどん中毒性を上げていて、ニューアルバム「Dancer in Nowhere」では、そういう意味で「安定の呪術性」を手に入れている。

で、そんな挟間さんの仕事と、ビジネスとしてのジャズについては、記事を読んで頂きつつ、ところで私が挟間さんと初めてお会いしたのは、四年くらい前、他でもないマリア・シュナイダーのライブだった。ミッドタウンにあるジャズクラブ、バードランドのカウンターで、隣に座ったのが挟間さんで、そのときに挟間美帆という音楽家の存在を初めて知った。

つまり、ご本人から挟間さんの音楽を紹介してもらったのだ。もうこれは僥倖としか言いようがない。遅かれ早かれ、私は挟間さんの音楽に出会っていたと思うが、とにかく、私と挟間さんは、「マリア・シュナイダーのファン同士」として出会った部分があって、その後も、私がマリアのライブに行ったと言ったら真っ先に「新曲やってました?」みたいなことを聞いてきたりする。当たり前だが、挟間さんはただめちゃくちゃに音楽が好きなのだと思う。

そういう個人的な体験も含めて、私が素晴らしいと思うのは、ジャズという音楽の解釈とかから離れて、挟間さんの音楽は、中心に音楽というものへのめちゃくちゃな愛があって、それを大前提にして、このインタビューにあるような、それを広げていくための努力がある、ということだ。中心に愛があるつくり手の言葉は強いなあ、と思う。

自分の仕事でいえば、ウェブサイトひとつとっても、コーディングした人間に愛があるかとか、結構わかるものだし、そういうものはKPIとか数字とかを超えた何かを少しでも残すものだと思う。つくっているものへの愛を忘れずにやらなくてはいけない。