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「1Q84読解」序章 ー村上春樹変奏曲ー

<前提としてのおことわり>

この作品に興味持っていただきまして、ありがとうございます。
読み進めていただくにあたり、あらかじめご了承いただきたいことがあります。
この文章は、作家 ・村上春樹を愛読する人々のために書きました。
村上春樹の文学を味わい尽くすために、彼の作品をさかのぼって分析を行いました。逆に言えば、村上春樹の作品をあまり読んでいない方を対象にしていません。「そういう方には、全容や細部が伝わらなくてもよい」、ということを前提で、文章を構成しています。


そこでみなさんに、ここから先をお読みいただくに当り、お願いがあります。参考図書として、以下の村上春樹作品をお読みになってから、本文をお読みいただくことをおすすめします。
その条件で、この文章に触れていただく方をかなり限定してしまう事は重々承知しています。しかしながらそれも村上春樹への愛であり、「1Q84」という作品に対する尊敬の証しなのです。

<事前にお読みいただきたい 村上春樹作品>
・「1Q84」
・「世界の終わりとハードボイルド・ワンダーランド」
・「4月のある晴れた朝に100パーセントの女の子に出会うことについて」
・「羊をめぐる冒険」
・「ねじまき鳥クロニクル」

準備はいいですか?
では、「1Q84読解 ー村上春樹 変奏曲ー」を上演いたします。


<はじめに>
村上春樹は、僕らの世代の作家である。
何しろ大学時代、図書館で「群像」に掲載された「羊をめぐる冒険」をリアルタイムで読んでいたぐらいだ。もちろんすぐに初版本を購入した。それが1982年だ。


当時は作家で村上と言えば、村上龍だった。文壇では「コインロッカーベイビーズ」が時代の最先端だった。その頃、「風の歌を聴け」と「1973年のピンボール」を書いただけの新人だった村上春樹はどちらかというと流行作家の一人にすぎなかった。

それでも僕らは、村上春樹が好きだった。村上春樹が僕らの時代の気分を代表していると思った。ほかの作家には感じない「僕らの時代の風」を感じた。その時、僕らは本当に、風の歌を聴いた、のだ。

そして、村上春樹が我々世代の風をつかんでいたことは、この35年が証明してきた。それは日本に留まらなかった。世界中が村上春樹を「時代が代表する作家」だと認めた。ちょうどそれは、フィッツジェラルドのように。

これまで村上春樹の小説が発売されたら、すべての本を発売直後に単行本で手に入れて読んできた。それは「海辺のカフカ」まで続いた。
それなのにこの「1Q84」だけは単行本で読まなかった。どんなにベストセラーとして騒がれようと、世界中で翻訳されようと、なぜか読む気がしなかった。そして、不思議なことに、文庫本が発売された頃になって読み始めた。なぜだろう? その理由を考えながら文庫版のページをめくる。そしてひとつの仮説に行き当たる。


この「1Q84」は、村上春樹の集大成であり、彼が今まで書いてきたことをすべてまとめた、一種の変奏曲なのだ。変奏曲が終わるまでは手にしてはいけない。
たぶん、「1Q84」は、一定の年月にさらされてから手にするべき本なのだ。その本質を理解するためには、時間が風化したほうがいい。ベストセラーのランキングにある期間に、流行のひとつとして評価すべき本ではなく、長い時間の風化のなかで「古典」として評価されるべき作品なのだ。

特に、当初Book2までという不完全な形で刊行された「1Q84」は、その1年後にBook3が刊行されて完結する。少なくても世界はこの本の評価をそれまで待つべきだった気がする。


村上春樹の熱心な読者である我々は50年、100年を経た時に古典文学としての価値が、「1Q84」にあるのかどうかを検証すべきなのだ。
21世紀を代表する作品としての価値を、厳しく問うべき作品なのだ。   

流行作家のひとりだった男が、信念で自分のスタイルを貫いて35年。歴史に名を刻む作品として自分の代表作を創る挑戦をした。その意図を理解して、この作品を評価すべきなのだ。
だからこそいま僕は、村上春樹の歴史を踏まえて「村上春樹 変奏曲」という独自のテーマで、自分なりの評論にまとめてみようと思う。この変奏曲を読み解く旅は、4つの楽章で成立する。各々が作家・村上春樹の代表作を冠している。


第1楽章 世界の終わりとハードボイルド・ワンダーランド
第2楽章 4月のある晴れた朝に100パーセントの女の子に出会うことについて
第3楽章 羊をめぐる冒険
第4楽章 ねじまき鳥クロニクル


変奏曲の旅は、村上春樹の世界を巡る長い演奏になるだろう。その演奏の間、じっくりと感じてみよう、村上春樹がこの世界にもたらした風を。
そして、その変奏曲を読み解いた時に「1Q84」に散りばめられた謎が収斂して、われわれの前に立ち上がってくるだろう。村上春樹がその作家人生をかけて、われわれに対して仕掛けた謎を読み解いてみよう。

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太田泉
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