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「猫の町」の日 11月 Vol.3
「あなたは何ものでもない」
「何ものでもなかったし、何ものでもないし、これから先も何ものにもなれないだろう」
それで じゅうぶんだ、と天吾は思った。
これが、猫の町での、天吾とNHKの集金人の対決のクライマックスである。
これは創造主・天吾に対する、リトルピープルからの「荒野の誘惑」だ。
創造主である天吾の価値を貶めるために、リトルピープルが仕掛けてきた悪魔の囁きだ。
リトルピープルは、敵の弱い部分から攻撃する。天吾にとってそれはこの育ての父親だったのだ。
これから反リトルピープルのモーメントである小説を創り出す創造主・天吾に対して、リトルピープルはNHKの集金人の口を借りて「これから先も何ものにもなれないだろう」という予言を与えたのだ。
リトルピープルは、ふかえりが著した小説「空気さなぎ」よりも、これから天吾が書く小説「1Q84」のほうが、大きな破壊力を秘めた反リトルピープルのモーメントになることを知っている。
その芽を摘もうとして予言の形で阻止しようとしているのだ。
「多くの人がNHKの受信料を払いたくないために嘘をつきます」、NHKの集金人は言う。
では、彼の嘘はなんだったのだろう。
「私には息子はおらない」
「あんたを産んだ女はもうどこにもいない」
「あんたの母親は空白と交わってあんたを産んだ」
「私がつくった空白をあんたが埋めていく。回り持ちのようなものだ」
普通人の天吾には、この言葉は認知症の父のたわごとにしか聞こえない。
この対決の結果、NHKの集金人に対して、創造主の庇護は与えられなかったのだ。
だから、彼はお化けになり、リトルピープルの追跡者として使われるようになった。
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