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【出版持込ステーション】エリザベス・ハンド『Curious Toys』 男装の少女がヘンリー・ダーガーとともに少女殺人事件に挑むミステリー

さて突然ですが、翻訳者ネットワーク 〈アメリア〉には〈出版持込ステーション〉というものがあり、出版企画(要は原書のレジュメ)を出版社に紹介してくれる場を提供しています。

そして私も、エリザベス・ハンド『Curious Toys』の企画書を送ったのですが、残念ながら採用とはなりませんでした。けれども、自分のもとで抱えていても仕方がないので、こちらで一部をアップしたいと思います。
基本的にレジュメは最初から最後まであらすじを記載するのですが(つまり、ネタバレあり)、ここでは通常の書評と同様にネタバレのないよう編集しました。

作者エリザベス・ハンドについて

1957年、アメリカのニューヨーク州生まれ。長年にわたり、SF、ファンタジー、ミステリーといったジャンルを自由に行き交いながら執筆を続けている。

1988年に発表した初の長編 “Winterlong” は、『冬長のまつり』(ハヤカワ文庫SF 浅羽莢子訳)として翻訳出版された。2007年に出版した “Generation Loss” で、第一回シャーリィ・ジャクスン賞長編部門を受賞。写真家のキャス・ニアリーを主人公としたこのクライムノベルはシリーズ化され、2020年には4作目の “The Book of Lamps and Banners” が出版された。

日本においては、『12モンキーズ』などのノベライズ版が翻訳されたのち、2021年に『過ぎにし夏、マーズ・ヒルで エリザベス・ハンド傑作選』(創元海外SF叢書 市田泉訳)が出版された。
この短編集には、1996年ネビュラ賞ノヴェラ部門、1995年世界幻想文学大賞中編部門を受賞した表題作のほか、2008年世界幻想文学大賞中編部門を受賞した「イリリア」、2007年ネビュラ賞短編部門を受賞した「エコー」、2011年世界幻想文学大賞中編部門を受賞した「マコーリーのベレロフォンの初飛行」が収められている。

『Curious Toys』のあらすじ

1915年8月、シカゴのリバーヴュー遊園地が舞台。
主人公ピンは占い師である母ジーナの14歳の息子としてリバーヴューで暮らしているが、実はその正体は少女である。2年前に妹のアブリアナが行方不明になったことから、娘の安全を危惧したジーナがピンに男の子の服を着せるようになったのだ。以前から女の子の服を着ることに違和感を抱いていたピンは、少年の格好をすることで、心が解放されたように感じていた。

リバーヴューでは、ピンは女装芸パフォーマーのマックスの使い走りとして働き、週に数回ほど有名な映画スタジオであるエッサネイへ通っている。そこで、新人女優のグローリーに出会い、淡い恋心を抱きはじめていた。

ある日、いつものようにピンがエッサネイに行くと、ハンサムな若い男がいた。誰だろう?と眺めていると、いまをときめくチャーリー・チャップリンだと聞いて驚く。映画でのチョビ髭をつけたコミカルな姿とはまったく異なっていた。チャップリンは可愛らしい少女と一緒に宣伝写真を撮影する。

そしてピンがリバーヴューに戻ると、チャップリンと写真を撮っていた少女がいた。少女は誰か――おそろく男だろう――とともにアトラクションHell Gateのボートに乗りこむ。
しかし、少女が戻ってくることはなかった。

妹が行方不明になった過去を持つピンは、少女を探し出そうと捜査を開始する。そこへリバーヴューでいつも見かける怪しい小男がピンに近づいてくる。男はヘンリーと名乗り、子どもたちを守るのが自分の仕事だと語り出す。実際には病院の清掃員をしているようだが。

ピンは気味が悪いヘンリーを信用できないまま、ひとりでHell Gateのトンネルのなかに入り、少女の死体を発見する。結局、リバーヴューの仲間たちからはじき出されたピンは、ヘンリーと協力して犯人を探しはじめる……

と、男装の少女ピンがアウトサイダー・アートの巨匠ヘンリー・ダーガーとともに探偵役を担い、チャーリー・チャップリンやグロリア・スワンソンといった実在の有名人たちが登場する異色のミステリー。

ここがイチ推し

この物語の最大の魅力は、女であることに違和感を覚え、少年に扮しているピンと、周囲から「クレイジー」と呼ばれ、病院で清掃の仕事をしながら絵を描いているヘンリー・ダーガーというふたりの〝アウトサイダー〟が結びつき、力を合わせて少女連続殺人犯を探すところにある。

アートとミステリーを絡めた作品はこれまでも数多く出版されているが、実在した画家が探偵を演じる作品はなかなか見当たらない。
実在した画家の中でも、アウトサイダー・アートを代表するヘンリー・ダーガーを登場させている点が非常にユニークであり、作者はヘンリー・ダーガーの生い立ち、交友関係といった事実を綿密に調査して描いているので、実際もこういう人物であったのだろうかと想像を膨らむ。

単にヘンリー・ダーガーが捜査するだけではなく、最終的にその絵の世界と物語が結びつくくだりで、アートとミステリーそれぞれの謎が解ける仕掛けになっている。
リバーヴューという遊園地を舞台に、ヘンリー・ダーガーが描いた「非現実の王国」が蘇り、ヴィヴィアン・ガールズ(ピンの本名はヴィヴィアン)が殺人犯を捕まえるミステリーだとも言える。

さらにヘンリー・ダーガー以外にも、チャーリー・チャップリン、ピンの初恋の相手となるグロリア・スワンソン、のちに脚本家として活躍したベン・ヘクト(報道記者ベニー)が登場し、そのほかウォーレス・ビアリーやルエラ・パーソンズといった名前も言及される。

なかでも、もっとも強く印象に残るのは、脚本家からパイロットになったハリエット・クインビーだ。といっても、物語に登場するわけではなく、ピンとグローリーの憧れの対象として語られるだけであるが、この時代に空を飛んだ女性の存在感は、この小説の世界を織りなす大きな要素になっている。

実在した登場人物、時代背景についての丹念な調査、エリザベス・ハンドの想像力に富んだ筆致によって、煉瓦工場からの煙が立ちのぼる1910年代のシカゴで、ピンやヘンリー、チャップリンやグローリーがいきいきと動きまわるさまが自然に目の前に浮かび、読者をひきこむ力のある物語である。
(2022/11/11)



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