2022.1.11 ペトロールズとSTUDIO COAST
思えば、季節の移り変わりを感じるようにして、新木場STUDIO COASTというベニューでペトロールズのライブを目撃することは、特別な日常になっていた。自分が必要としている音楽の真ん中をつぶさに見つめるような時間の連なり。そこには、ただただ長岡亮介と三浦淳悟と河村俊秀の3人が鳴らす音楽が主役として響いていて、オーディエンスはただただ自由な態度でそれを享受する。身体を揺らしながらアルコールを求めフロアとバーカウンターを何度も行ったり来たりする、STUDIO COASTとペトロールズの組み合わせが提供してくれるそんな時間が大好きだった。
2021年12月25日に急遽開催された最後の下北沢GARAGEでの公演に続き、2022年1月11月にペトロールズに用意されたSTUDIO COASTに別れを告げる機会としての昼夜2公演。ベニューとしての規模や性格はまったく異なるが、ペトロールズにとっても、彼らを支持するオーディエンスにとってもGARAGEとSTUDIO COASTはたしかに忘れがたい名演が刻まれた場所だった。
それでもやはりすべての出来事や存在、場所には抗いようもなく必ず終止符が打たれるときがやってくるということを、しかしだからこそ新しい出来事や存在、場所を作り出そうとする人の意志がまた芽吹き息づいていくというあたりまえのことを、今あらためて感じている。
前述のGARAGEとSTUDIO COAST公演にペトロールズが冠したタイトルは、それぞれ「GARAGE!Are you Serious?」と「STUDIO COAST! Are you Serious?」というもので、「終わってしまうなんて、マジかよ!?」というニュアンスだろうか。
しかし、STUDIO COAST公演の終演後にあらためてあのシンボリックな看板に目をやると、「ARIGATO!DAISUKI!STUDIO COAST!!」という文字が並んでいた。なんともペトロールズらしい粋な計らいである。
粋であったのは、ライブの内容それ自体も同様だったことは言うまでもないだろう。
僕が観た夜公演は、1曲目の「ASB」から完全に独立した音楽性を持つペトロールズというトリオの醍醐味──それはつまり一つひとつの音の粒をはっきりと感じられ、それがこの三者間でしか体現できない距離感と機微に彩られた会話を楽しむように三位一体のグルーヴを形成し、三声でコーラスを重ね、模倣しようのないアンサンブルと歌が縫い目なく編まれたたったひとつの音楽になるということが浮き彫りになっていた。たとえばブレイクひとつとっても、ペトロールズのそれは自分がこの瞬間に音楽を堪能している喜びを強く実感させてくれる。
スローな展開の中にそこはかとなくエロティックでスリリングな緊張感が滲む「Reverb」やじっくりグルーヴを大きくしていく「表現」を聴きながら、この数年でバンドのコーラスワークの精度が劇的に上がっていることを再確認した。そこから、自分の耳は「シェイプ」でも「SEKKINSEN」でも「KAMONE」でもコーラスの魅力に強く反応し、溺れるように聴き入ってしまった。今、ここまでコーラスの妙を堪能させてくれるバンドは本当に稀有だと思う。
常連のオーディエンスはご存知のように、ペトロールズはライブごとに既存曲をリアレンジし、ときに思わず笑ってしまうような遊び心を注入しブラッシュアップする。あるいは、まだ音源化されていない新曲を、さりげなくセットリストに入れ込んでいく。なんというか、STUDIO COASTの音響で聴くペトロールズのリアレンジされた楽曲群や生まれたての新曲は、いつだって瑞々しい響きを宿していたし、この日、8曲目に披露された新曲「No」もまた新鮮なポップネスが躍動していた。
本編ラストを担った「Fuel」と「Profile」の流れは、あきらかにバンドのアンサンブルとオーディエンスの集中力がグーッと高まりながらフロアの中で融和しているのを感じ、紛れもなく音楽でなければ表出し得ない空気がフロアに充満していたのがとても印象的だった。
アンコールは、2曲。左右に分かれる分岐点を目の前にして、笑顔で手を触り合う惜別のロードムービーのようなストーリーが浮かぶ「Side by Side」。生きているという感触は、楽しさと悲しさを同時に覚えるようなことなのだ、と踊りながら理解させてくれる「TANOC」。そう、「TANOC」もまた随所にリアレンジされていて、ダブ調になったり、ソリッドなリフを転がしたりしながら、これからもペトロールズの楽曲はこうして何度も生まれ変わり生動していくという意志が鳴っているようだった。
そして、止まないオーディエンスの拍手が、ダブルアンコールでSTUDIO COASTに「雨」を降らせたのだった。
終演後に友人が「場所が終わるのを見届けられるのは、幸せなことでもあるよね」と言っていて、本当にその通りだと思う。音楽を中心にさまざまな人や文化が交差する場所を自分の手で作ることを、これからの大きな目標にしてみようか。そんなことを脳裏に浮かべた夜であった。
photo by Yasuhiro Deguchi