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牧野フライスTOB 戦略か、焦りか
年末も迫る12月27日、ニデックウォッチャーを熱くさせるニュースが飛び込んできました。まさかのニデックによる牧野フライスのTOBです。
今回の買収、業界関係者も驚いたのではないでしょうか?ネットで見る限り牧野フライスの買収を予想していた人はいなかったように思います。なんといっても買収規模がデカイ。今回の買収額は2500億円とみられていますが、過去の買収と比べるとその大きさがわかります。三菱重工工作機械、OKKが約50億、TAKISAWAが170億、伊PAMAが150億。過去の買収とは桁が1桁つ違います。工作機械に限らず、ニデックが手掛けてきた中でも過去最高額となります(米エマソンの事業譲渡が当時の為替レートで約1200億円)。買収先として予想されていたのは、研削盤の岡本工作機械や、放電加工のソディックなどの特定の加工に特化したメーカーでした。時価総額も500億未満ともう少し小粒です。
11月頭の日経新聞の記事では、工作機械の買収はむしろ欧州が主体になることを匂わせていただけに、個人的には青天の霹靂でした。この記事を出して国内メーカーを油断させてたんか?wとさえ思ってしまいます。
TOB価格は11,000円、42%のプレミアム。PBR1.2倍の水準です。TAKISAWAはPBR1倍水準でしたので、もう少し高い水準での買収です。牧野フライスはTASKISAWAとは違いきちんと利益の出ている優良企業だからでしょうか。
今回の買収は事前協議のないTOBということでその買収手法も前例があまりない「過激な」ものとなっており業界をにぎわせています。今回の買収を簡単に考察してみたいと思います。
ニデックが得るもの
まず、今回の買収でニデックが得るものは何でしょうか?それはグループに欠けていた「研削盤」と「放電加工」です。これでニデックは工作機械のフルラインナップメーカーとなります。もともと研削盤は岡本工作機械が候補として取り沙汰されていましたが、三井物産が出資したことで買収が困難に。放電加工については専業のソディックが候補と目されていました。非上場も含めれば研削盤の買収候補はほかにもあったと思いますが、牧野フライスの買収によって一気にラインナップを強化することができます。
もう一つの目的は、日経ビジネスの永守会長のインタビューの中で触れられていますが、工作機械を組み合わせるシステム化の技術のようです。今加工業界では省人化投資が加速しています。工作機械を組み合わせるだけでなく、加工工程の間に搬送ロボットを挟んだり、アームロボットを噛ませることで、段取り替えやワークの交換なども自動で行ってしまう。そうしたシステム化が進むと、個々の工作機械の技術力だけではトータルの提案で勝てない。しかもシステム化というのは新しい分野であり、中国など後発組が巻き返す余地がある。ニデックグループとしてもこの領域で競争力を高める必要があったのでしょう。
ニデックは採算の悪い企業を好んで買収し再建することが多かったですが、牧野フライスはこのパターンとは全く異なります。これからは優良企業も買っていくと永守会長はかねてより公言していましたが、今回の買収はその実践となります。良い技術、良い会社を買収してニデックグループを強化していくということです。
なぜ予告なしのTOBなのか?
今回の買収のもう一つの特徴は事前予告なしのTOBだという点です。TAKISAWAの場合は1年程度友好的買収の協議をして、それが不成立となったために敵対的買収を選択しました。今回はまったく事前の協議がなかったそう。事前予告なしのTOBは日本ではもちろん、米国でもあまり例が多くないそうです。
TAKISAWAの買収では、友好的買収から交渉を始めたせいで買収に時間を要しました。その反省から敵対的買収から始めるのは納得ですが、それにしても何の事前協議もなく開始するのはなぜなのか。なぜニデックがそこまで急いで牧野フライスを買わなければならないのか。私が予想する理由は次の三つです。
一つ目は、前述の通り、工作機械の複合化、システム化が急速に進んでいること、そして中国勢がそのシステム化の分野で頭角を現し始めているからではないでしょうか。中国勢がシェアを拡大する前に、その分野を押さえておきたいということです。
二つ目は、永守会長自身の焦りです。永守会長は御年80歳。ビジネスマンとして活躍できるのはどう見積もってもあと十年でしょう。125歳まで生きると公言する彼であっても、日に日に体の衰えは感じているに違いない。これまでのように悠長には構えていられないという事情があるのではないでしょうか。また、いざ工作機械業界に参入してみると、買収が思うように進まず、業を煮やしていた部分があったのではないでしょうか。牧野フライスを買収すれば、システム化の技術は勿論のこと、欠けていたパズルのピースが一気に手に入る。大型買収のリスクを取る価値はあると踏んだのだと予想します。
そして三つ目は、工作機械の需要のサイクルです。この1年、そろそろ工作機械の需要が戻ってくると言われていましたが、未だに戻ってはいません。しかし必ず次のサイクルが来る。今業界が冷え込んでいるこの時期に牧野フライスを買収して次のサイクルに備えたかったのではないかと思いました。
個人的には2つ目の永守会長の焦燥感が重要なのではと思っています。もし焦って買っているのであれば、その分リスクも大きいということです。特に事前協議が一切ないということは、牧野フライスの内部情報は一切わからない状態で買うわけですから、不良資産が見つかることだってあり得るでしょう。優良企業とはいえ3000億円規模の過去最大の買収になるわけですから、PMI(買収後の統合プロセス)も大規模になる。ニデックとしては当然リスクを抱えます。
それらのリスクを抱えても急いで買わなければいけなかったのは、何か差し迫った環境の変化があったのではないでしょうか。永守会長の発言の通り中国勢の躍進が予想を超えて進んでいるのかもしれません。ニデックが気を吐くなか、競合の森精機もM&Aを活発化させていますし、岡本工作機械のように買収防衛策を講じた会社もあります(三井物産の出資は私は買収防衛策だと思っています)。時間が経つにつれ、ニデックに不利な環境が構築される可能性もあるし、場合によってはニデックの予想しない合従連衡が起きてしまうかもしれない。こうした様々な要因を考慮して、今回の買収が決断されたのではないでしょうか。
ニデック、最強の工作機械メーカーへ
TOBは恐らく成功するでしょう。牧野フライスとしては不服でしょうが、TOBを阻止する手段はなさそうです。まず、牧野フライスは現金と利益余剰を足しても2,000億円程度しかなく、MBOによる上場廃止は難しそう。3カ月でポンと3000億円だしてくれそうなホワイトナイトが出てくるとも思えない(買い付けは4月から開始予定)。さすがに正月明けの3カ月でニデックとの協議と並行しえ買収阻止を検討するのはちょっと無理ではないでしょうか。そもそも他の企業やファンドに買われることが同社にとって良いこととも思えません。ニデックはすでに複数の工作機械メーカーを買収して再建した実績があります。巷ではニデックはずいぶん悪く言われていますが無根拠な話ばかりで、ニデックが悪い買収者だという根拠はどこにもありません。
牧野フライスの買収が成功すれば、ニデックの工作機械事業の規模は売上1200億円から3500億円程度となり、首位の森精機(5000億円)にぐっと近づくことになります。最近ニデックからは工作機械事業について強気な発言が出ていましたが、今回の買収を前提にすれば、2031年までに6000億円規模になり、業界首位になるという目標は俄然現実味を帯びてきます。
永守会長は産業用モーターでも1兆円規模の買収をすると公言しておりニデックからは今後も目が離せません(それにしても、次から次へと買収するのは良いですが、現金は足りるのか?とは思ってしまいますね)。
これだけ大胆な買収を仕掛けられるとういことは本業も決して悪くはないのかな、と期待しています。1月の決算では、良い報告を楽しみにしています。
P.S
日刊工業新聞から今回の買収に関連した記事が出ています。かなりのボリュームなのと、珍しく非会員でも読める記事。無料で読ませてくれる当たり、やはり今回の買収は業界にとってかなりインパクトがあったのではないでしょうか。中国勢が力をつけているというのは、もう業界で共有された認識のようです。
また今回の買収が成功すれば、工作機械業界でニデックが買えない会社はない、ということになるでしょう。買収されたくなければ株価はを上げるか非上場になるしかない。上場している以上株価を放置しているわけにはいかないし、本来株式市場というのは成長資金を確保するための場なのですから、成長する気がないのなら非上場にすれば良いのです。株式市場においては良いインパクトを与えそうです。