エンジンの敗北宣言

 ガソリン信者の爆笑記事があまりにもひどいので、この記事をベースに投稿することにしました。EVシフトを何も理解できていない人の典型、もはや集大成のような記事ですね。「EV終了、時代はハイブリッド、トヨタ大勝利」はもはや広告稼ぎの定番にすらなっていますが、数年後にはデジタルタトゥーになることでしょう。どんな気持ちでこういう人たちは記事を書いているのか大変に気になります。対象の記事はこちら。

これはトヨタの勝利宣言だ…中国・欧米の「国策BEV」を尻目に開発続ける新型エンジンの中身 HEV技術で世界を大きくリードしながらBEVも本気 | PRESIDENT Online(プレジデントオンライン)

5/28に行われた、トヨタ、マツダ、スバルの3社合同のマルチパスウェイワークショップについての記事ですが、どんな思考回路だと「トヨタの勝利宣言」になるのかさっぱりです。では本題に入りましょう。

モーターとエンジンの主従は逆転した

 このワークショップは、各社のエンジンの可能性や今後の開発の方向性について紹介するものでしたが、結局のところ、脱炭素の観点でいうとエンジン開発の方向性はふたつしかありません。
① BEVに搭載する発電機としてのエンジン(PHEV)
② 炭素中立燃料(CN燃料、水素燃料やバイオエタノール)を使ったエンジンの開発
 結論を先に言うと②はどう考えてもCN燃料が電気より安くならないので、絶対に普及しない。そして、①はエンジンがモーターを補助する、航続距離を延ばすためのサブシステムでしかなくなっていることを意味します。つまり、エンジンとモーターの主従の逆転、いわばエンジンの敗北宣言ともいえましょう。

 まず、①について。少なくとも乗用車についていえばCN燃料は大衆者には普及せず、いつまでもエンジンに乗りたい金持ちの道楽者にしか使われない。バイオエタノールが安く普及するんだったら、とっくに世界中が投資をしているはず。なのに、未だにバイオエタノールが使われているのは、ブラジルのようなサトウキビの巨大な生産国だけ。とても世界中の乗用車の燃料をバイオエタノールで賄うことなどできないし、そもそも現状は100%バイオエタノールで走ることもできない(最大で10%程度混合するだけ)。やらないよりはまし程度のもので、そもそもバイオエタノールで脱炭素は無理なのです。水素については、水素の生成にエネルギーが必要な以上、電気より価格を下回ることは絶対にできない。産業プロセスの中で副産物として生成されるものを利用することはできるが、世界中の需要を賄えるわけがなく、局所的な利用にとどまる。そして結局電気に変換して使用されるのだから、だったら電気で走ればいいのである。水素はあくまで貯蔵の手段であり、水素を電気に変換する装置を自動車に搭載する必要が全くもってない。もちろん、満充電で一度に1000kmも2000kmも走りたい、という稀有なニーズにこたえるには必要だろうが、結局メインストリームにはなりえないのだ。

 このように、どう考えてもCN燃料は普及が難しく、主流にはなりえない。技術の多様性は重要だが、トヨタが絶叫し続けるマルチパスウェイ(複数の道)のうち、BEV以外は限りなく道が細い。だから世界はマルチパスウェイなどといわず、BEVにまっしぐらなのである(ただ、マルチパスウェイはトヨタにしかできない王者の戦略であることは事実で、それについては後ほど触れる)。

 さて、話は戻る。開発の方向性のうち②(CN燃料)は芽がないことがわかった。そうすると、エンジンの価値というのは、航続距離に不安をもつBEVのレンジエクステンダーとしての機能しかない。BEVの充電時間や航続距離に不安を持つ人は実際にいるので、それ自体には価値があるのだが、大事なことはエンジンは自動車の主役ではなくなり、エンジンとモーターの主従は逆転したということである。今回のワークショップは、勝利宣言どころかエンジンの敗北宣言である。そうではないか?BEVだPHEVの議論はあるかもしれないが、、いずれも主役はモーターであり、航続距離を延ばすために、バッテリーを増やすか、エンジン積むか、というそういう話をしているのである。だからこれはもうエンジンの敗北宣言なのだ。

さて、ここからは、記事の論旨を追っていこう。

「鈍化するBEV、飛躍するPHEV」という間違ったレトリック

 典型的なアンチBEVの論調だ。これは全く事実無根ではないが、誇張しすぎだ。ここでは具体的な数字は面倒なので出さないが、PHEVも台数としては対して売れていない。だから販売台数など比較しても無駄だし、恐らく来年以降はPHEVも鈍化するだろう。この記事では「BEVを変える人は限られている」といっているが、PHEVを買える人も限られている。PHEVは普通に高い。普通の庶民には買えない車だ。BEVの技術革新は現在進行で進んでおり、価格的には安価になっていくだろう。200~300万円でPHEVを出すことは不可能だ。BEVならできる。だから、将来的にはBEVの台数が伸びていく。確かにアメリカのように自動車でアホみたいな距離を走る国は別だが、ほとんどの国では200~300km走れれば十分なのである。
 そもそも、トヨタ自身、プリウスを「エンジン付きEV」と言い出したり、実際に最近、BEVプラットフォームにHVエンジンを適合させるような設計方針を打ち出すなど、BEVに寄せているのは明らかだ。冒頭で述べた通り、エンジンとモーターの主従を逆転しているのだ。トヨタはエンジンとモーター駆動を巧みに切り替えるトヨタハイブリッドシステム(THS)を売りにしているが、今後は異なるタイプのハイブリッドも出すといっている。日産のE-powerのような、シリーズハイブリッド、すなわちエンジンを発電専用で使うようなタイプも出してくることだろう。

不都合な真実「BEVを買える人は限られる」ーだから?

 これもアンチEVが好んで使うロジックだ。たしかにBEVは家で充電できることが基本的には前提だ。みなさんは、日本の戸建の割合がどの程度あるかご存知だろうか?55%である。半分以上の世帯は戸建に住んでおり、充電環境があるのである。もちろん戸建だからBEVを買うわけでもないが、BEVのニーズは十分にある。そもそも、世界の予測では2030年までに40%程度がBEVになるとみられており、100%BEVになるなどと誰も言っていない。2050年には100%を目指していくが、EVシフトは長い、長い道のりなのだ。

充電の問題は確かにあるが
この記事は、充電の問題へと進む。簡単にいうと
・急速充電は高い。みんな使わないようにする。
・みんなが使わないので、事業として成り立たない。
・行楽地は特定の時期だけ需要が集中するため充電渋滞が起きる。
・充電に不安があるとバッテリー容量を増やさなければならないが、そうすると高くなるので、庶民には買えない。

これ自体は間違ってはいないし、BEVが解決しない問題である。ただ、それは時間と技術が解決するだろう。簡単に思いつく反論を書いておく。

・充電それ自体がビジネスになるのではなく、レストランや休憩所を併設するような形でのビジネスになる。
・行楽地など変動の激しい地域においては、移動式の充電車ビジネスが表れる。こういう時は高くてもみんな使う。
・交換式バッテリータイプのEVが出てくる
・発電機を積めばよい。

そもそも、長距離ドライブをするシーンは限られているのだから、そういう時だけ発電機を借りて使えばよいだろう。そういう製品がいずれ出てくるはずだ。そもそも、お金のない庶民なら、そういうときには車をレンタルするだろう。私なら間違いなくそうする。所有するのは維持費の安くて使い勝手のよいBEV、長距離走りたいときはレンタル、という使い分けをする。だいたいこういう記事を書いている人は、自動車好きがほとんどで、本当に人々が望んでいることをわかっていないのだ。庶民は安くて手軽なモビリティが欲しいのである。

いずれにせよ、充電設備の問題は、こればっかりはやってみないとどうにもならない。というか需要に対し、ビジネスになるような形で整っていくし、人類の知恵をなめてはいけない。ガソリン車が100年かけてここまで発展してきたように、多くの問題を人間は乗り越えていくのだ。それは歴史が証明してきたことである。

アンチBEVの精神勝利
 この手の記事の書き手は、日本勢がBEVに遅れをとったと言われることが本当に心の底から許せないのだろう。結局、日本がBEVが遅れているせいで日本人としてのプライドがけなされていることが問題なのであって、だからBEVを貶しているのである。日本のEVが売れたら時代はEVだといって、喜んで礼賛するだろう。 
 
そういう人たちにとって、BEVが鈍化し、欧州勢が慌ててハイブリッドにも投資し始めたことがうれしくてならない。やはりトヨタが正しかったのだと。これについては、正直スタイルの問題なので、何が正しいとかないと思う。実際のところ、多くの自動車メーカーにとってマルチパスウェイの戦略は経営リソース的に取れなかったというだけである。また欧州のような環境規制の強い国では、もうハイブリッドでは環境規制を乗り越えられないことは明らかで、BEVにかじを切るしかないのである。マルチパスウェイは、トヨタにしか取れない戦略だった。その意味では確かに王者の戦略である。トヨタはBEV一本足にシフトする必要は全くなかったし、需要に応じて開発をすればよい。その資金力と人材的リソースもあるだろう。
 ただ、何度もこの記事で書いているとおり、もうBEVに向かっている流れは確実なのだ。その証拠に、トヨタ自身がバッテリーに投資し、BEVプラットフォームにハイブリッドのエンジンを適合させる取り組みを進めている。当然の流れである。インフラが整い、バッテリーがより進歩しさらにEVが実用的なものになれば、どんどんエンジンの必要性はなくなっていき、最後は「保険」のようなものになるだろう。だいたい、そのころにはガソリンスタンドを探すことのほうが大変になっているだろう。それがもう我々に待ち受ける未来である。

トヨタの「勝利宣言」、とは?

この記事がトヨタの勝利宣言に触れている箇所のサマリは以下の通り。

・トヨタの新型エンジンは従来のガソリン車のように高回転で回る必要がない。低速時はモーターで、また強力な加速が必要ならモーターアシストが使える。
・その結果、エンジンは小型軽量化し、さらなる燃費を追求できる。
・新型エンジンはさらなる規制強化に対応しており、さらに走行時における電気走行の割合も高まる
・従ってこの発表会は、事実上トヨタの勝利宣言といえる。

え?

まって? 

どんなロジックでそうなるの?


 彼の言っていることをシンプルに説明しよう。「ほとんど電気走行で走るので、エンジンは小さく効率に集中した設計にできる」と言っているのである。マツダのロータリーエンジンがまさにそれである。ロータリーはトルク変動に弱かったが、発電に専念させることで高効率領域で使うことができ、小型化、燃費向上できたという話だ。何度もいうが、これはエンジンの敗北宣言である。エンジンは、モーターに主役を譲り、サポートに回らざるをえなくなったのだ。これは単に脱炭素の観点からだけではない。そもそも、モターのほうが運動性能、制御性能はよいのだ。そして静かだ。皆がモーター駆動の良さに気づけば、みんなできるだけエンジンを回さずに走りたいと思うようになるだろう。

「トヨタの覇権時代が当面続く」と結論づける根拠

この記事は、最後に「トヨタの覇権が当面続く」と結論づける。これが主張の本丸だろう。EVだろうがガソリン車だろうが、何でもよいのだ。

トヨタが勝ち続けることが彼らにとって大事なのだ(絶叫)


というわけで、最後の段落サマライズしてみよう

・BEVが30%程度までシェアを伸ばしたとしても残りの70%はICEが搭載されたHEVやPHEVが主力となる。
・合成燃料やバイオ燃料が普及すればBEVの普及はさらに限定的になる。
・トヨタはBEVにも本気。再来年の2026年には150万台を生産する計画で、その数字はVWグループ全体のBEV販売台数である77万台の2倍。
・BEVが飛躍する鍵と思われる全固体電池に関して、トヨタはパナソニックに次ぐ世界第2位の特許数

けっきょくEVなんじゃん(爆)

簡単にコメントしておきます。
・これは地域差があり、中国、欧州ではBEVの割合はもっと高い。
・著者はBEVのポテンシャルをなめすぎ。今後数年で小型BEVの発展は目を見張るものがあると思われる。軽自動車はほぼEVになると思う。特に小型車については、交換式バッテリーが主流になるだろう。ただ、これはまだ時間がかかる。EVの進化を舐めてはいけない(2回目)
・合成燃料、バイオ燃料は普及しません(2回目)
・トヨタの2024年度のBEVの販売台数は17万台とみられているが、これがどうやったら150万台になるのか?
・全個体電池は、2~3年以内に中国勢が実用化する見込みで、トヨタの専売特許というわけでもない。トヨタのスケジュールでは、2030年を目標にしているが、2035年とかそのくらいになるだろう。
・トヨタに限らないが、レガシーメーカーにとって欧州、中国で環境規制が高まりガソリン車が売れないなか、最後の希望の地はアメリカであり、そこに競合が殺到する。今は米中対立で中国勢がせき止められているから最悪の事態は避けられているが、中国勢が入ってきたら、本当に地獄になるだろう。

 EVシフトは、もうすでに様々な変化を及ぼしており、ホンダと日産の提携に見られるように世界中で様々な合従連衡が進んでいくだろう。私はトヨタがなぜ売れているのかよくわからないが、結局「地域の細かいニーズに応えられるマーケティング力と生産能力」であろうと思う。この10年でトヨタは販売台数1000万台を超えるメーカーに成長したが、その間、韓国のHyundaiも600万台規模のグループに成長している。欧米は中国メーカーとも提携しながら戦略を練り直している。ガソリン車が減っていく中で、トヨタといえどもEVとガソリン車を並行して開発する必要があり、原価は上がっていくだろう。トヨタが負ける特別な理由はないが、トヨタ一強がいつまでも続く理由もないと思う。

いいなと思ったら応援しよう!