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90分1本勝負エッセイ「鼻」
はじめに
新しい試みに挑戦しようと思います。
テーマを決めて所要時間は1コマ(90分)と決めて書く。
これは時間を掛ければより詳細な文章が書けるが、
そうすると際限がなくなってしまうデメリットがある。
量産するには、パイロット版としてでもアウトプットしておくことが、
編集力やスピードなどの養成に繋がるのではないかと考え、noteをその格好の自己修養の場としようと思った。
そして初回、つまりハナ(端)なので、「鼻」について書こうと思う。
鼻とはにおいを感じる器官
それは当たり前ですが、
焼肉店の前を通ると無性に焼肉が食べたくなったりする。
その理由の一つには、脂の匂いだけを感じる嗅覚受容体が人間には非常に多く存在するからなのです。
明治時代から食されていたという焼き鳥も
木枯らしの吹き渡る夜更けの辻に、汚れた紺の暖簾をかけ薄暗いランプの灯った屋台の中から、煙とともに漂い出るタレの焼ける高い香りはたまらない魅力であった(東京の味・角田猛)
と明治人をにおいで魅了していたことがわかる。
話は脱線するが、
出身が西の私にとっては「やきとん」や「もつ焼き」のことを含めて「やきとり」と呼ばれることに未だに抵抗感が否めない。「鳥ではないではないか」と心の底では思っている。しかし美味しければそれで良いので、口には決して出さないけれど。
プルーストと嗅覚
懐かしい記憶が匂いによって鮮明に蘇る
そのような経験も誰しもあるでしょう。
嗅覚と記憶との繋がりを文学に記したのはプルーストといわれている。
作品の「失われた時を求めて」では、
紅茶に浸したマドレーヌの香りがプルーストの幼少期の記憶を呼び覚ます。
この既嗅感(デジャスメル:デジャヴのにおい版の語)の原因を必死で思い出そうとする。幸いにして彼は思い出すことが出来るが、大抵は思い出せないことが多い。
忘却の彼方にあった記憶が忽然と当時のままに蘇ってくる現象を「プルースト効果」という。
記憶と嗅覚
それでは記憶と嗅覚との関係は特別なのだろうか。
我々の認知メカニズムには、全体性を持ったまとまりのある構造「ゲシュタルト性」があり、個々でなく統合された全体として知覚し想起する。
嗅覚は記憶と強固に結びついているとさえ感じる。
ある調査では匂いは光景や音よりも強く記憶に残ると実に36%の人が信じていたというが、実際は匂い記憶が特別優れているわけではなく、ただの錯覚なのである。
科学的には、とくに嗅覚が記憶と結びついている感覚なのではなさそうだ。
複雑を極める嗅覚
味には甘、塩、酸、苦、旨といった基本味がある。
視覚だと色や光の三原色という風に基本色が存在する。
しかしながら嗅覚となると、においがあまりに多岐に渡るので、基本的な原臭に分類することが出来ていない。
においを感じる嗅覚受容体は数百種あり、匂い物質は、その一つの受容体ではなく、複数の受容体に結合する。これらの組み合わせによってにおいの分類は一万種にもなる。これをヒトは嗅ぎ分けているのだ。
そう考えると、鼻というのは非常に精巧につくられたセンサーである。
嗅覚受容体の分子生物学的研究によって、理解を深めたアクセルとバックには2004年にノーベル生理学・医学賞が授与されている。
においの感じ方は2種類ある
においは、鼻の穴から吸う息(吸気)によって得られるだけではなく、口の奥から鼻腔へと抜ける(呼気)逆の経路もある。
それら2つの経路はそれぞれ、
外のにおいを鼻の穴から吸う(吸気):オルソネイザル経路
喉の奥から鼻腔へと抜ける(呼気):レトロネイザル経路
と分類される。
この2つの経路が合わさったものをわれわれは「におい」として感じている。
一般的に犬の方が嗅覚が優れているというが、レトロネイザル経路の嗅覚は人間の方こそ優れているという。
その根拠には、加熱した食物や発酵による食物による食の多様化が、結果的にヒトにおける、風味や味の感受性を強めて、他の生物と比してレトロネイザル経路が進化したとも考えられる。
先のプルーストは、レトロネイザル経路のにおいによって視覚的情景を思い出した。レトロネイザル経路の方がより記憶と密接なのかもしれない。
このレトロネイザル経路の嗅覚は簡単に自分で試すことができる。
鼻をつまんで「美味しいと思う食べ物」を口にのせる。
するとどうだろう?
甘さや触覚、温度は感じることが出来るだけではなかろうか。
しかしそれまで鼻をつまんでいた手を離すと同時に、
「いつものそれ」の風味を感じることが出来る。
それこそがレトロネイザル経路によって喉の奥の揮発成分が呼気によって、鼻腔を駆け抜けた証拠なのだ。
アルコール依存症と匂いの関係
先の実験と同じく、バナナのかけらを口に含み口を閉じて、レトロネイザル経路で口の中のにおいを探ると、いわゆるアルコールのような匂いを感じる(ぜひ試してみよう)。
このにおいの成分には、お酒や消毒液に用いているエチルアルコール(エタノール)が含まれている。
それゆえ、人間が大酒飲みやアルコール依存症になってしまうのは、
祖先である霊長類の大好物が完熟バナナであった名残という考えもあるというのだから「我々の遺伝子にしっかと刻み込まれているのだな」と思いがけずサルから進化したという遙か昔に思いを馳せることにもなろう。
においに順応する
我々はにおいに慣れることを自覚する。
例えば家で肉を焼いたとき、そのにおいがするが、そのうち慣れてくる。
一旦お手洗いなどに立って、また部屋に入ると肉を焼いたにおいがする。
そのような経験があると思う。
使用後まもないトイレで不快に感じる臭いも時が経つにつれて気にならなくなる。
このように嗅覚の感度が低下することを嗅覚疲労(嗅覚順応)というが、こちらのメカニズムも未だにわかっていない。
心地よいにおい・イヤなにおい
バターやチーズの風味ともいうべき鼻をつくにおいは「ブタンジオン」というが、これは汗や腋のにおいでもあるので、状況に応じて同じにおい成分が快・不快を隔てていることは実に興味深い。
「ウシのふんからバニラ香料を抽出する」という研究で日本人が2007年にイグ・ノーベル賞を受賞しているが、抽出のエピソードを聞かされてからウシの糞由来のバニラ香料を使ったバニラアイスを食べたとき、果たして我々はどのように感じるだろうか。秘められたストーリーは嗅覚の認識を左右することも考えられよう。
また、なぜ人が死体を忌み嫌うのか。大概の人は同意するだろう。その理由は「臭い」であるという見方もある。におい成分の代表格の化学成分は「カダベリン」と「プトレッシン」というもののようだ。
「雨のにおい」というものがある。
梅雨時やこれから感じることが多いだろう。
このにおいは一様ではない。
「ペトリコール」という成分がいわゆる雨の降り始めの匂いであり、一方、雨上がりの匂いは「ゲオスミン」という成分によってもたらされる。
謎につつまれたフェロモン
フェロモンは、一般的な匂いが大脳皮質を経由して匂いを認識するのに対し、本能行動の中枢である視床下部へと伝達される。
「あの人はフェロモンがでてる」
などと会話では使われるが、ヒトがフェロモンを感じ取れるのかについては、未だにわかっていない。
しかしフェロモンに関して確からしいこととしては、女性だけの生活環境下では排卵周期が同期するという事象が生じる。これは脇の下から分泌されるpregna-4,20-diene-3,6-dione (PDD)という成分によることがわかっている。
この事例はフェロモンの存在を肯定するようだが、我々が普段使用する意味での異性間でのフェロモンの働きについては謎のままである。
もしかしてフェロモンによって異性に本能のままに惹き寄せられることが起こっているのであれば、それは非常に興味深い。
アナタは眩しいとクシャミが出ますか?
まぶしい光をみるとクシャミがでる。
これを「光くしゃみ反射」という。
私は眩しい陽の光をみたり、室内でもライトの光でクシャミがでる。
幼少の頃から、この表現型は誰もが一様であると思っていた。
しかし事実はそうではなく日本人の約25%にみられる優性遺伝である。
私の子供も同じ反応を示すので、これは遺伝したものと考えられる。
面白い反応であるが、なぜおこるのか?というメカニズムについては、
いまだにハッキリとしないようだ。
おわりに
つらつらと書けたとは到底いえないが、今後も続けていくと良い変化もあろうし、さらに深掘りするきっかけには間違いなくなるだろう、なにより記録と記憶に残る。ややもすると記事同士が化学反応を引き起こし広がるかも知れない。
いずれテーマを戴いても書くというのも面白いかもしれない。
最後までお読み下さった方には深く御礼申し上げます。
参考文献
・美味しさの脳科学 においが味わいを決めている・ゴードン・シェファード(インターシフト)
・匂いの人類学 鼻は知っている エイヴリー・ギルバート(ランダムハウス講談社)
・快感経路 デイヴィッド・リンデン(河出文庫)
・人体の限界 山崎昌廣(サイエンス・アイ新書)
・やきとりと日本人 土田美登世(光文社新書)
・まんが 人体の不思議 茨木保(ちくま新書)
・お皿の上の生物学 小倉明彦(築地書館)
・光くしゃみ反射 口岩聡:http://www.kuchiiwa.jp/research02.html
・京都リフレ新薬 https://www.refretone.co.jp/2018/07/04/smell-of-rain/
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