北朝鮮に日本はない#3 そしてぼくは途方に暮れる
「日本と日本人なんてイメージはないわ」と平壌のレストランで働く接待員、ヒョンスクは笑ったのだった。さて、ここでひとつ問題を出したい。
「読者のみなさんが顔を思い浮かべることが出来る北朝鮮・朝鮮民主主義人民共和国の有名人。あるいは知り合いはいるだろうか」
ただし、ひとつ条件をつける。金日成主席、金正日総書記、金正恩委員長と金与正氏を除く。
結構な難問ではないだろうか。韓国なら韓流スターの顔や友だちの顔が浮かぶだろう。これが今の日朝関係の現実だ。ぼくたちはお互いにお互いの国の具体的な人の顔を思い浮かべられない。のっぺらぼうが向かい合っているような状態。
2015年に平壌ホテルを訪れた時のことだ。2013年に会ったバーテンダーのチェ・ユンジュさんと再会した。彼女は日本人であるぼくを含む、在日コリアンの特に男性の熱烈なファンを多く持つそれはそれは魅力的な女性。2年ぶりに会って「お元気でした?」とまずは挨拶をかわし、お互いの家族のことを話し、ぼくは彼女にツケを残して帰国したことを謝り、おかげさまで朝鮮総聯の機関紙、朝鮮新報にぼくが書いた彼女の記事が在日コリアンの読者の間で大人気だったことを話した。ぼくにとって朝鮮人と言えば彼女の顔が一番に浮かぶ。
のちにユンジュさんとの会話の様子を見ていた日本人の同行者がこんなことを言った。
「北岡さん、わたしは今ものすごく感動している!」と。お主、星飛雄馬だったのか?と戸惑うぼくにこう続けたのだ。「これまで十数回訪朝したけど、現地の人と交流する訪朝団のメンバーは初めてだ!」と。
は?
開いた口が塞がらないとはこのことをいうのかと自覚した。確かに接待員はよく異動するし、訪朝するのも数年に1回というのもざらだから再会は難しいけれども。それは感動することなのか。かつがれているのではないかと思った。「ドッキリカメラ」とプラカードを持った男が飛び出してくるのではないかと恐れた。
他のメンバーからも言われた。普通江ホテルの女性接待員と朝鮮語でバカな話をしていた様子を見られていた時のことだ。「君は朝鮮語が出来ていいね」と。
「最近勉強サボってるからひどいレベルですよ。でも大丈夫。彼女たち英語も堪能ですよ」
「君は朝鮮語が出来ていいね」。
「ブロークンな英語でもたぶんいけますよ。レッツゴーです!」
「君は朝鮮語が出来ていいね」。
結局のところ、彼らが言っていたのは「案内員には頼みにくい内容の話をおまえが通訳しろ。わたしもおまえのようにかわいい接待員と話がしたい。交流したい。訪朝団の一員として全身全霊をかけて貢献せよ。みなまで言わすな」ということであり、朝鮮語はそもそもアンニョンハシムニカとカムサハムニダしか出来ず(それ以上覚えようとはほとんどせず)、ブロークンな英語で話しかけるのはプライドが許さない。それは日本から来た代表団の先生様の自尊心を傷つける行為として許されないのだ。ぼくは朝鮮語以前に、そもそもその方々の発する日本語を全く理解していなかったのだ。
悲しいかなこれが日朝交流の現状なのである。でも案内員とはもう何度も会っているからスタートの平壌国際空港から暖かい雰囲気で始まる。再会を喜ぶ微笑ましい様子はまるで同窓会だ。この案内員との信頼関係は素直に評価したい。
でも結局神輿の上から滞在中降りることもなく、泥臭く朝鮮語や英語を使って現地の人と会話することもないまま帰国の途につく。案内員以外の交流と言えば現地の見学地を案内してくれた人や、お土産を買った店の接待員とのわずかな会話と、夜のカラオケバーでのチークダンスやデュエットがほぼ全てなのであった。
北朝鮮を訪れる外国人のうち年間1パーセント未満しか占めない日本人。ここまで少ないとひとりひとりがニッポン代表なのである。青色のユニフォームは着ていなくとも。
過去の歴史的経緯から正直国自体も国民もイメージはよくない。そのイメージを上書きするのが訪朝団の役割ではないだろうか。「あら?日本人って意外と怖くないし、楽しいし、興味深い存在だわ」という爪痕を少しでも残して帰って来るのが訪朝団の役割ではないか。
結局先生様のプライドを捨てきれず、きれいな案内員を見ても声をかけず、下心いっぱいの視線を柱の陰から「飛雄馬…」と星明子のように送るだけなら何が交流というのだろう。「その分この曇りなき眼でマスコミが報じない北朝鮮の本当の姿を見て来た」と抗弁するのであれば、ぼくは沈黙し、ただ体育座りで途方に暮れることにしよう。
■ 北のHow to その16
旅の恥は搔き捨てということばがある。余りいい意味ではないが、北朝鮮滞在中は「一期一会」と共に忘れたくないことばだ。少々ことばがおかしくたって、泥臭くたっていい。少々恥をかいても結局話した奴の勝ちだとぼくは思う。
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