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おお、銅像#4 銅像としたたかなる交渉術

 その人は北京空港で花束を買い、正装して平壌に向かう高麗航空機に乗ったという。

 平壌国際空港に着くとふたりの案内員がその人を出迎えた。日本よりはるか西にあり、時差がない北朝鮮・朝鮮民主主義人民共和国では夜の訪れは遅い。だが冬ともなれば、また多くの乗客のせいで出発が遅延すると(特に名節の周辺は大幅な遅れが常態化している)、平壌に着いたころには空はすっかり薄暗くなっている。

 ふたりの案内員はその人にこう言ったという。「ようこそお越しくださいました。お疲れでしょうから、まずはホテルに向かいましょう」と。その人の日本から丸一日以上の長い旅路をねぎらったのだ。

 その人は「いやそれは違う」と言ったらしい。「まずは万寿台に向かうべきでしょう。主席に入国の挨拶をしたい」と。そして銅像の前で深々と頭を下げ花束を捧げたという。

 案内員はその人の行為に感激し、以降その人の北朝鮮での希望はどんどん通ったのだとか。案内員の発奮はいかばかりだったか。。その人がその時の北朝鮮滞在で得た成果は相当大きかったことを聞いた。

 あくまでこれは伝聞で、ぼくはその人の正体を知らないことを断っておく。この話を知己のある方から聞いた時、ぼくは「余りにもパーフェクトだ」と呻いた。その人の取った行動は実に見事で、またあの北朝鮮から成果を引き出して来たということも、また素晴らしいものだった。

 圧倒的に今の日本の対北朝鮮戦略に欠けているのがこの点、相手の勘所を的確に突き、交渉することである。

 重ねて言うが、ぼくはその人の正体を知らない。実はゴリゴリの北朝鮮の体制のシンパ、信奉者なのかも知れない。

 そうだとしても案内員を心服せしめ、自分の望み通りの訪朝プランを実現させる。これはなかなか出来ることではない。〇〇したい、という希望が多ければ多いほど案内員にその深意を問われるからだ。

 その人の行為が全てが計算、計画されたものだとしたら。見事に北朝鮮から一本取ったというのなら。かの国において最高尊厳と呼ばれる存在に敬意を表すことで実利を得たというなら。そこには学ぶべき点がある。

 もちろん、うわべだけの面従腹背など鋭い北朝鮮の案内員ならすぐ見破るだろうし、時にこの形式主義者めがと軽蔑されることもあるだろう。

 だが現在、このような成功体験が余りに少ないのである。国交はないにせよ、日朝関係がそれなりにあったころは共有されていただろう。その人の行為とは対極にある、これだけは北朝鮮でやってはいけないという行為も含め、勘所とパッケージされたものが。

 勘所と阿りは明確に違うことを断っておきたい。その人は研究したのである。ひとつの国としてしっかと北朝鮮を捉え、その弱点を読み、突き、交渉したのである。今の日本に欠けているのがこの点である。北朝鮮という国をどこか蔑視している。一人前の国としてみなしていない。

 72年間かの国の体制は続いているのである。まず、この事実を認めなければならない。72年間続いた国として、一人前の国として相対し、研究し、交渉されなければならない。特に裏をかき目的を遂げるしたたかさについてもっと研究されなければならない。

 工作が足りないのだ。正装と北京で花束を買い、銅像の前で頭を下げる手間ひとつで手玉にとったその人の話を、ぼくは痛快な想いと共に聞いた。

■ 北のHow to その47
 北京から乗る飛行機が平壌に着く時間は夕方近くです。日が長いころは直接万寿台に向かうことも多いです。この場合、結果的に主席と総書記に真っ先に挨拶することになり、このエピソードのような展開は期待できません。
 訪朝団で行く場合、北京にいる段階で入国直後に万寿台に行くことを建議するべきでしょう。そして入国後すぐに万寿台に行ったのなら「まずはおふたりに挨拶が出来てよかったです」という感想を案内員に伝えましょう。以後の対応がガラッと変わるはずです。
 
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北岡 裕
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