北の国の忘れ得ぬ人々 #9 ドライブインの彼女
開城と平壌を結ぶ高速道路は、朝鮮半島を貫いていて、道の左右は畑ばかりで人家ははるか向こうにある。朝鮮半島はユーラシア大陸の端にあるということを実感させる風景が広がる。
「愛の不時着」のリ・ジョンヒョクも度々往復したであろうこの高速道路を、ぼくも2度往復したが冬の風景は寒々しい。秋の霧雨の風景も寂しい。開城と平壌をダイレクトに結ぶ高速道路は、途中都市を経由することがない。冬になると日陰は凍結するので気をつけないといけないというのが案内員の説明で、橋梁部との接合部の段差は大きく、快調に100キロ近い速度で飛ばしていてもその手前では急減速した。
「今、ぼくは北朝鮮・朝鮮民主主義人民共和国にいるのだ」「板門店に行くのだ。軍事境界線に行くのだ」「革命の首都平壌に帰るのだ」という理由を燃料にしても、容赦なく襲って来る疲れと眠気との闘いは続く。眠気と戦うためにすれ違う車の数を数えたが片道2~3時間往復してわずか30数台。時々中央分離帯がないエリアがある。有事には滑走路となるという。南北共に同じだ。
その眠気が限界に来た時止まるのがスゴク休憩所。ドライブインである。
2004年の冬の寒々しさといったらなかった。高速道路をまたぐ、アーチ状の建物を持つドライブインを訪れていたのはぼくたちだけで、駐車場はがらがら。土産物もあるが目を引くものはなく、水が凍り流れないので、バケツにためた水をひしゃくで流すトイレで用を足すともうすることがない。ぼくは建物から出て来た女性接待員に声をかけた。整った顔が印象的な女性だった。2月15日。翌日2月16日は金正日総書記の誕生日、光明星節。北朝鮮最大の祝日だった。
「明日はお休みですね」と声をかけると嬉しそうな顔を浮かべる。
「明日は何するのですか」というと「何をしようかしら」といたずらっぽく笑う。普段休日は家族と過ごしたり、友だちと過ごしたりすると答えてくれた。「家はこの近くですか」というと頷いた。けれどドライブインの周りに集落は見えない。ドライブインまで歩いて通う女性接待員の毎日を思った。
1日に数台しか通らない、外国人の訪朝団のために朝から出勤してドライブインで待つ毎日はどうですか。そんな失礼な質問など出来ない。いくつかの、無難なキャッチボール、10分ほどの短い時間でかわせた会話はわずかだったが女性接待員はぼくの会話、へたくそなキャッチボールにに付き合ってくれた。
開城行きで見かけたこの女性接待員は、帰りの平壌への道では既におらず、別の女性接待員がいてぼくはたたらを踏んだ。変わらず水の流れないトイレで用を足しそそくさと離れた。
2015年には中国人観光客が大量にいて、果物や飲料水を売る売店も盛況だった。持て余し気味だった駐車場にはバスが数台止まり、中国系の観光客とロシア系の観光客がそれぞれの言語で大声で話していた。
2004年のドライブインの彼女はいなかった。11年の空白。接待員たちは忙しく、お土産も果物も買う気がないと悟るとぼくたちへの関心はもはや微塵も見せない。視線すらやるのも惜しいときびきびと働く。変わらずドライブインの周りに集落はなく、ここに通う接待員たちは果たしてどこまで帰るのやら。陽は西に傾ぎつつあり一日の後半を告げていた。
変わらぬ風景と変わった人の顔と数。盛況ぶりにホッとしつつも、商売そっちのけでの女性接待員とのわずかな会話のキャッチボール、11年前の記憶をぼくは反芻したのだった。
■ 北のHow to その43
開城に行くことがあれば必ず寄ることがあるのがこのドライブイン。車の中はヒーターは効いているものの、冬ともなれば零下。時に零下十数度を記録します。
そのため気をつけたいのが移動中の水分補給。寒さは頻尿を呼びます。男性は何とかなりますが特に女性は…。平壌開城間のドライブインはここしかないので、大変なことになります。
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