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東京日朝焼肉大戦争血風録(16)

 さて、犬肉である。在日コリアンはどこで犬肉を手に入れているのか。

 韓国に鉄原という街がある。議政府から北上して新炭里駅で下車する。この辺りは軍事境界線が近い。朝鮮戦争で激戦を極めた地域である。

 もう20年以上前のことである。新炭里からさらに、かつては北朝鮮に繋がっていた線路の跡を追ってぼくが歩いていると、わんわんわん!わんわんわんわん!とそれは騒々しい犬の鳴き声が聞こえた。檻の中、あるいは繋がられた犬がこちらを睨み一斉に鳴いていた。つまりは犬牧場だったわけで、犬たちの眼の険しさに脱兎のごとく逃げ出した。

 東大門市場にも食用の犬が入った檻があった。写真を撮ろうとしたらやんわり断られた。

 ソウルオリンピックが契機というが、ソウルの表通りから犬肉料理店は消えた。一本入った路地に、あるいはその路地の奥に犬肉屋はあり、名前も補身湯(ポシンタン)と、一見健康そうな看板に付け替えている。

 北朝鮮ではタンコギ(단고기)という。甘い肉という意味である。犬肉と直球では呼ばない。後ろめたさがある。世界に対しての引け目とも言おうか。なおそして韓国人も北朝鮮人も、そこら辺を歩いている犬を拉致して撲殺して鍋にする、そういうことは決していない。

 ちゃんと食用の犬がいて、犬牧場などで育てられているのである。

 だがその背徳感が絆を深める。犬肉を食べるのはひとつのイニシエーションである。ひとつ釜の飯を食った仲ともいうが、ともに犬肉を食べると仲は深くなる。平壌でもソウルでも「日本人よ。犬を食えるか」という問いは、彼らからの挑戦状である。

 世界を裏切り、炎を越えて、「動物愛護なんぞくそくらえ」とこちら側に来られるか。我々の文化を、君の胃袋は受け付けるのか。その問いに我らは闊達に答えねばならない。

 これを拒否すると先には行けない。男なら肉を頬張り、スープの最後の一滴まで飲み干し「物足りねえぜ」くらい言ってやらないとならぬ。

 とはいえ、韓国では最近の犬肉への風当たりは強い。若い人は明らかに眉をひそめる。食べたことがない人も多い。新大久保にかつてあった犬肉を食わせる店で出てきた犬肉も、また横浜で出た犬肉も、中国から来たという。在日コリアンの人に犬肉の入手ルートを聞いてみると「あ、それ聞いちゃう」と言われた。

 ごにょごにょごにょ、とことばを濁されたが、実は税関や検疫を通るのに犬肉は結構苦労するというのである。そのためごにょを、ごにょごにょして、ごにょごにょごにょして入手するのだという。

 つまり犬肉でございますと正門通って日本国内に入ってきてはいない。密輸というわけではないのかな。うーん、グレーゾーンである。

 結果的に流通量が少なく、中国産が多いから高い値がつく。この点、鯨とも似ている。

 当然、日本で犬肉を食べることはなかなかできない。池袋北口のチャイナタウンに、朝鮮族の料理を食わせるレストランに「犬肉あります」と書かれていた。犬肉は臭みが強い。これを荏胡麻をはじめとする香辛料で消す。脂に癖がある。意外と柔らかい。食べた後の汗が獣臭い気がする。

 犬肉は精力がつく。もろに下半身に効く、いわばスッポン的な存在と言える。そういった意味で特に女性が「犬肉大好き」というのは個人的に避けた方が良い気がする。

 でも食べるのである。食べねばならぬのである。「ありがとう習近平」などと言いながら。世界に背を向けながら。 

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北岡 裕
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