平壌の父の涙
韓国にムン・グニョンという女優がいた。日本でもドラマ「秋の童話」に出演した女優としてご存知の方は多いのではないだろうか。厳密にいうと今もいるのだが、その存在と近況についてぼくは寡聞にして知らない。
「秋の童話」のウンソ役が2000年。1987年生まれの彼女は当時13歳。人気絶頂の彼女は「国民の妹」と呼ばれた。それを聞いた時「たまらねぇ」ということばが思わず口を突いて出た。
断っておくがこの「たまらねぇ」とは性的な意味ではない。確かに彼女がかわいかったことは認めるが。13歳の女の子に「国民の妹」という看板は背負わせるには余りに重すぎる。ぼくは彼女のこの先の人生の苛烈さと残酷さを想い呻いたのである。
卑小なことを言うなら、例えば彼女が男性と付き合ったとして、結婚するとしてその男性は「妹にふさわしいか」を全国民から問われる。同時に、男性と付き合うことは「妹」としてふさわしいかも彼女は問われる。そして彼女のささいなふるまいも。服装からプライベートのささいなことまで「妹としてふさわしいか」か常に問われる。とんだ重圧だ。
芸能人や女優は少なからずそういうことを求められる職業ではあるが、余りにも重すぎる。彼女が年齢と共にみずみずしい美しさを失い、その代わりに人並みの平凡さ凡庸さを手に入れ、国民の寵愛の籠から逃げられたのがちょうど今だとしたらホッとする。
さて、朝鮮労働党創建75周年での金正恩委員長の演説が話題を呼んでいる。人民を鼓舞しつつも一方で至らなさを詫び「ありがとう」と繰り返し、涙ぐんだ。長く続く経済制裁とコロナウィルス、災害の影響の大きさを示すものとして捉えられているようだが、ぼくの見方は違う。
ムン・グニョンと比べるのは不敬かも知れないが、あえて書くなら金正恩委員長は「国父」「人民のオボイ(オボイとは朝鮮語で親の意)」なのである。金委員長の生年は公式に明らかにされていないが、1984年生まれとされている。今年で36歳。
36歳で2,500万人の人民を束ねる、親として振る舞うことを求められる重圧はいかばかりか。もちろんそこに至るまでには、徹底した教育と政治、凡人には想像もつかない強靭な性格やメンタルがあるのだろうが、それにしても年齢に対し背負うものが大きすぎやしないかと思うのである。
涙のわけを厳しい現状故と考えるのはたやすい。だがぼくは、そこに36歳のひとりの男の等身大の姿を見た。弱気がふっと出たのだ。これを北朝鮮の人民はどう見たのか。未熟な父と見たのか。それとも父という立場を一瞬離れ、特に年長者たちは「人民の息子」と見たのか。
自らの至らなさを詫び、晒すことは覚悟がいる。これは北朝鮮に限らず、日本でも。歳を重ねれば重ねるほどに。
演出と見る向きもある。ウソ泣きではないかという意見もある。素の自分の弱さを晒し人民の団結を促す。確かに演出としてはあり、だ。
だがぼくは敢えて、演出ではないと見る。感極まったのだ。重圧にふっと心流された瞬間があったのだ。親であることを忘れ、ひとりの男、素に戻ったのだ。
父と久しぶりに会った。歳相応に老いた父は色々なところのメッキが剥がれていた。息子であるぼくを前に何とか父としての威厳を維持しながらも、孤独なひとりの弱い男の姿をその端々に見た。その数日の出来事をぼくは未だ消化しきれていない。
年内の主な記念日は終わった。朝鮮労働党第8回大会に向けて北朝鮮は動き出す。人民たちはあの演説を見て何を感じたのだろう。平壌に遅効性の薬のように広がる霞のような空気を今、嗅ぎたいと強く思う。
■ 北のHow to その89
朝鮮労働党は「母なる党」と呼ばれます。「国民の妹」「人民のオボイ(親)」など、関係を血縁に準える表現を多く聞きます。
韓国人もそうです。以前にも書きましたがぼくに「私をソウルの母と思え」といった食堂のおばさんがいました。同じことを平壌で朝鮮人に言われたら?「平壌のお母さん」と甘えてしまえばいいと思います。
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