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平壌で朝食を#3 三河島のうなぎの寝床

「今度どこか、美味しい店に連れて行ってくださいよ」。

  ぼくがそういうと相手の在日コリアンの男性はにやりと笑い「日暮里、上野、あと中野。北千住辺りでもいいかな」と聞く。北朝鮮・朝鮮民主主義人民共和国の話をしたいというと快諾し、一度食事をしようという。

「お店はお任せしますよ」と頼むと「わかった」と頷いた。数か月後連れて行ってくれたのが三河島のAという店だった。

 こちらから話をしたいと誘っておいて、店は任せる。ビジネスマナーとしてどうかと思うが、この方法に間違いはない。ヤン・ヨンヒ氏の著書にも出て来るが、大阪の鶴橋のようないわゆるコリアタウンにも、韓国側を支持する人(いわゆる民団系)が経営する店と、北朝鮮側を支持する人(いわゆる総聯系)が経営する店がひしめいていて、キムチ一つ買う店を選ぶのも難儀するのだ。

 以前仕事の用事で降りたある駅前にパチンコ店があった。店名は太陽。1階がパチンコ屋で2階が焼肉店で「朝鮮料理」と看板に掲げていた。太陽とは、金日成主席を始めとする最高尊厳を意味する。こんなわかりやすい例はまれ。残念なことにその威光も届かず、パチンコ店も焼肉店も左前で閑古鳥が鳴いていて、やがて建て替えられた。

 この見分けは日本人には正直不可能と言える。店名の看板を見る。朝鮮料理/韓国料理。店名が大同江(平壌を流れる川)/漢江(ソウルを流れる川)などなど色々ヒントはあるが、日本にいる在日コリアンのほとんどが朝鮮半島南部、韓国側の出身ということもあったり、北側を支持しつつも墓参のために国籍は韓国にしていたり、実に混とんとしている。朝鮮総聯関係者でも普通に韓国籍の人がいる。

 そして北朝鮮の話をするのなら店を選ぶ。ファミレスでもどこでもというわけにはいかない。日本人はいて欲しくないし、ニューカマーの韓国料理店も気がひける。一度、焼き鳥屋で在日コリアンの友人と話していたら、途端に口数が少なくなり、目の前のぼくに携帯電話でショートメッセージを送って来た。「出るよ。左側の男性が怪しい」。あとから入って来て、隣に座った男性3人組が公安関係者の可能性があるというのだ。慌てて店を出た。

 冒頭の男性が選んでくれた三河島のAという店は、駅から5分くらいのところにあって、店に入ってすぐがカウンター。カウンターの奥に調理場がある。入口から長い廊下が奥に延び、途中トイレがありさらに奥に進むと座敷が2つある。

「この店の構造が実にいい」とその在日コリアンの男性は笑った。客は在日コリアンがほとんどで日本人は来ない。公安関係者が入って来てもすぐわかるし、奥の座敷を取れば密談も可能。トイレ以外で他の客と会う可能性はほとんどないし、カウンターからは座敷の様子をうかがい知れない。そもそも席数が少なく、混んでいることはない。以来、北朝鮮の話をする時はこの店と決めている。あと数点、同じような店をキープしてある。こういう店は、在日コリアンの方から聞いて収集するしかない。食事をこちらから誘い、店は任せるというのは失礼に見えて、実はお互いの身を護る術なのだ。

 センマイ刺し、コブクロ刺しというめったに食えない食材もある。グルメの意味でも面白い。「三河島なんて初めて降りましたよ」と興奮気味の同行者。夜の三河島は隣が上野とは思えないくらい静か。北朝鮮の話をする、という非日常性と相まって、三河島の夜はディープで、また面白い。ぼくはまだまだ、その浅い浅いところにいる。

 ■ 北のHow to その61
 在日コリアンの人と北の話をする時は、店は任せる。これは鉄板です。公安関係者との接触を避けるという意味でも、美味しいものを食べるという意味でも。多くの場合、安全な店を選んでくれるはずです。そして、料理も◎。特に年上の人であればお任せが一番です。
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サポートいただけたら、また現地に行って面白い小ネタを拾ってこようと思います。よろしくお願いいたします。