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YOUは何しに北朝鮮へ #1北上の始まり

 少し個人的なことを書いてみようと思う。ぼくはなぜ北朝鮮・朝鮮民主主義人民共和国になぜ関心を持ってしまったのか。持ち続けているのか。登校途中にパンを咥えて走る転校生と四つ角でぶつかるくらいの偶然で、ぼくは北朝鮮とぶつかってしまった。

 なぜぶつかったのが北朝鮮なのかということはともかくとして、なぜぶつかった相手に関心を持ってしまったのか。多くの人に嘆息と共に詰問されるのはいつものことで少し疲れている。

 日本人からは北朝鮮の工作員か?といわれる。韓国人も同じ。
 朝鮮人は公安関係者か?と訝しむ。在日コリアンも同じ。

 関心を持つだけでここまで全方位的に工作員か公安認定される国も珍しい。少なくとも朝鮮人と在日コリアンには「わが国に関心を持ってくれてありがとう」とまでは言われなくても、Facebookの「いいね!」くらいのポジティブな反応を返してくれて欲しかった。今はコラムの連載を通じて、ようやくぼくという人間がどういう人間かわかってくれて、付き合ってくれる在日コリアンの友人がぐんと増えた。幸いにも。しかし、誤解を解くのは長く大変だった。

 ある学術団体のパーティで40代の男性でぼくを含む北朝鮮関係の研究者や関心を持つ男性が4名集まったことがある。いったいぼくたちは、なぜ北朝鮮にはまってしまったのか。答え合わせをしたら見事に一致した。

 答えは平壌放送である。

 ぼくのかつて住んでいた街では夜になると平壌放送が受信出来た。AMで。青春と受験勉強の友といえばラジオだった。そこで何を聴くかで人生が変わるといえば大げさかかも知れない。変声期のぼくは城達也さんの「ジェットストリーム」を聞いてダンディーな声を目指すことを決意したがかなわず、同時に聞いていた平壌放送で潮に流される小舟のように無慈悲なる北上を開始してしまった。1990年。14歳の時のことである。

 当時はソ連が崩壊し東西ベルリンの壁が崩れ時代。世界地図が大きく変わっていく。社会科の先生は興奮しながら「大変なことが起こっている」と言っていたが、当時のぼくにとってもっと大変なのは目下の受験勉強だった。だが激変する東ヨーロッパとソ連の問題は出ないとふんだ。問題を作る側が追い付かないだろうというぼくのヤマは当たった。

 つまるところソ連の崩壊を始めとする社会主義の敗北は、北朝鮮にとって「苦難の行軍」と呼ばれる経済的に苦しい時代の始まりの遠因となるのだが、そんなことなど当時のぼくは知る由もない。イラクはクウェートに侵攻し、イスラエルに毎日のようにスカッドミサイルを飛ばし、独特な髪型の軍事評論家の江畑謙介がニュースステーションで久米宏と毎日のように話していたが世界大戦が起こることはなかった。ぼくの半径10メートルは平和で安閑としていた。

 平壌放送を聴き始めるのは決まって夜10時だった。当時は全く意味は分からなかったが時報と共に「報道です」という男性の太い声で始まる。「偉大なる領導者であらせられ、朝鮮人民軍最高司令官者金正日同志におかれましては本日…」と約20分間ニュースが流れ、その次に流れるのが勇ましいメロディの「あなたがなければ祖国もない」(あなた、とは金正日総書記の意)あるいは「金正日将軍の歌」。その後一転して静かな放送に移り11時を迎える直前「平壌放送です。こちらは平壌です」とアナウンスが入る。辛うじてピョンヤンという音は拾えたが、北朝鮮という国への関心はこの時点で全くなかった。

 純粋に異国の放送、音として聴いていた。別に平壌放送に限らず、ぼくはDJにはがきを送るような熱いリスナーではなかった。何か音が流れていないと寂しい。その程度の認識だったのだ。

 ところで2020年の今もNHKはラジオ放送を続けている。NHKラジオ・ワールド日本。短波放送で、衛星ラジオで、オンデマンド放送で。21世紀も電波は飛び続けている。

 少なからず放送にはプロパガンダの要素がある。NHKは日本を知ってもらうために、アナログに今も放送を続けている。1990年のぼくと同じように、世界のどこかで感受性のアンテナを張る誰かに引っかかるように。その人が日本に関心を持ち、ファンになるように。

 平壌放送もそうだったのだ。そしてそんな平壌放送の戦術にぼくは引っかかったのだ。無慈悲なる北上はかくして始まったのだ。

■ 北のHow to その24
 今も平壌放送は日本で受信することが出来る。特に日本の西側、日本海側ではよく聞こえるようだ。

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北岡 裕
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