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北朝鮮に日本はない#1 バーのママの模範回答

 日本人が朝鮮半島の歴史について語る時、どうしても引け目を感じる。植民地時代の話について触れざるを得ない。分断された現状への責任を感じざるを得ない。

 出来るなら触らないに越したことはない。放っておけばよい。そうは思うが平壌までやって来て黙っているのも何だかそれはおかしい気がする。「日本と日本人についてどう思っていますか?どんなイメージを持っていますか?」蛮勇を賭したぼくの問いへの朝鮮人の答えはいかに?

 ともかく訪朝団で多く聞こえて来るのが安倍政権への悪口で、朝鮮学校の高校授業料無償化除外にについてけしからん、あゝ申し訳ない。また過去の歴史について。あゝ申し訳ない。本当に今の日朝関係は嘆かわしい。あゝ申し訳ない。申し訳ないということばが並ぶ。

 謝罪行脚のために来たのかぼくたちは?30万も払って?と途中から思う。そういう向きの方たちが”与党”なのだからしょうがないのだが、”野党”であるぼくは途中から辟易してくる。それとも怖いのだろうか。余りに反省の態度が薄いとこのまま拘束されて帰国出来ない。あるいは次に入国出来ないとでも恐れているのだろうか。

 そこまで北朝鮮・朝鮮民主主義人民共和国は狭量ではない。余り過去の歴史に対しての反省を述べず、滞在中は奔放な行動が多いぼくでも過去5回入国できているし、毎晩案内員と激論を交わしたという右翼関係の人も何度か入国できている。自民党の方とも訪朝したことがあるが、彼らは北朝鮮側の主張に対してかなり厳しい意見を返していた。その場は緊張したが、臨席したぼくはこれぞ健全な議論という印象を強く持った。北側も主張だけではなく、聞く耳はちゃんと持っているのだ。意見や立場の相違があるからといって、北朝鮮がビザを出さないということはないのだ。

 さて、右翼関係の人が案内員と激論を交わしたという。とあえて伝聞調で書いているのはぼくはその場に同席しなかったからである。案内員と右翼関係の人が毎晩激論をかわしている間、ぼくはひとり夜の日朝外交をしていたのだ。

 夜の日朝外交。これがぼくの真骨頂である。1日の日程を終えて、ホテルの部屋で報告書を書きあげたら単身バーに向かう。バーで女性接待員や同席した外国人旅行者と話す。これが夜の日朝外交なのだ。日本人は伴わないに限る。特に朝鮮語が出来ない人とは絶対いっしょに行かない方がいい。通訳がわりにこき使われるだけだからだ。

 北朝鮮国内最高級クラスのホテルのバーといっても、例えば帝国ホテルのバーのようなお店を想像してはいけない。街のスナックみたいなものである。カウンター席は5~6人分。ソファ席もあるが全部埋まることはない。カウンターがいっぱいになれば混んでるなと思う程度。お客さんがぼくひとりの時も多い。ここでサイフォンで入れたコーヒーやノンアルコールのカクテルを飲みながら、女性接待員と心置きなく朝鮮語で話すのが至福の時間なのである。

 何日も通えばすっかり顔なじみ。ママさんに聞いてみた。「ぶっちゃけ、日本と日本人のことどう思ってます?」と。ママさんの顔が少し険しくなり、うーんと天を仰いでからことばを選びつつこう答えた。
「国と国の関係はよくないわ。政治的な関係は間違いなくよくない。そして日本は資本主義で、わが国は社会主義。制度も違うし。でもね、個人対個人は別じゃないかしら。隣人同士仲良くなれないわけはないわよね」。
 ふうむ。正直、ここでかなりやられると覚悟していたのだ。韓国ならフルボッコになる質問だ。腕まくりして唾を飛ばして「日帝36年」と言われる植民地時代の大日本帝国の悪行と、嘆かわしい日朝関係の現状についてありとあらゆる罵詈雑言をぶつけられる展開。それを覚悟していたのだ。拍子抜けしたぼくはママさんに「ありがとう」と言ってコーヒーをおかわりした。

「隣人同士仲良くなれないわけはない」。これはマジックワードである。過去の歴史への後ろめたさと面罵を覚悟し、すっと首を差し出すくらいの覚悟をした日本人が、その慈悲に感激してしてしまう。え?それだけで済ませてくれるのですか?と。

 実はこの答えは多くの現地で会う朝鮮人が口にするものなのである。家庭訪問した家で、見学した施設で意を決して「日本及び日本人へのイメージ」を聞いた日本人への朝鮮人の回答の多くが「国と国との関係は悪いが隣人同士仲良くなれないわけはない」。これに日本人はほろりと来るのである。

 そして後ろめたさを捨て奮起する。「そうだ!草の根交流だ!国と国との関係が悪い今こそ、個人対個人の交流だぁ!えいえいおう!」と。帰国後の訪朝報告会でも、このことばは象徴的に多く紹介され、会場では大きな拍手が沸く。

 何も間違ってはいない。国と国との関係がここまで没交渉である以上、個人との関係から変えて行かなければならない。繰り返すが、何も間違ってはいない。

 だがぼくが冷めているのは、まず果たしてこれが本当に彼らの本音なのかという疑問があるのだ。神輿の上の存在である訪朝団への先生様に対する、自己保身を含んだ模範回答ではないかという疑念があるのだ。案内員を前に、訪朝団の先生様相手に「この野郎!のこのこニッポンから来やがって。過去の歴史についてどない思っとるねん!」と問いただすことがそもそも出来るのかという疑問がある。「国と国との関係は悪いけども、政治的な関係は悪いけども」と断りつつも「隣人同士仲良くなれないわけがない」と最後希望を持たせる。これは日本からの先生様にご無礼なく、ご機嫌を損ねない最適解なのではないかと思うのだ。

 そしてもうひとつは、朝鮮人はそもそも日本のことなんて、ぼくらが思うほどそこまで意識していないのではないかという想いなのである。北朝鮮において既に日本の存在など相対的に小さくなっている。相手にする、話題にするだけの価値も影響力も徐々になくなっているのではないか。そういう想いなのである。これについては次項以降で述べたい。
 

■ 北のHow to その14
 北朝鮮ではひとりの時間を持ちたい。1日の日程を終えてからの時間がチャンスタイム。ホテルの中に限られるが出来る限りウロウロしてみたい。案内員と同行者とずっといっしょというのは、特に後半メンタル的な負担となって来る。特に2人1部屋で宿泊となったらなら必ず1人の時間を持つこと。

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北岡 裕
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