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はなとゆみの暴露 「なぜ貧乏人ほど金持ちアピールするのか」





 銀座で働くはなは今年四十になるが、見た目よりかは五歳は若く見える。





 ただし、喋らなかったらだ。




 目鼻立ちが整った顔立ちだが、笑うと出来る皺は実年齢を刻んでいるし、話題はどうしても四十代で、豪快に笑う様などはもうオバサンだ。




 いつまでも若くないことを感じていた。




 まだ二十代のころはよくナンパされていたが、最近はまったくない。



 つい最近まで若い子はナンパしなくなったと思っていたが、実際は彼女がナンパされなくなっただけであることに気が付いた。







 それはともかく、メンズエステではそれなりに需要があった。



 二十代、三十代前半の客はリピートしてくれないが、年寄りには話題も合わせられるし、まだまだ若いと慰めてもらえる。


 むしろ、若い子よりも、四十代がちょうどいいと言われるくらいだ。





 ただ、中年になって、メンズエステに通っているなんて、この人たちは他に人生の楽しみがないのかな?と自分を棚に上げて考える。






 そして、変な客も少なくなかった。




 たとえば、この間来た六十代の自称株トレーダーの男もそうだ。



 男は時代遅れのスーツ(緩いシルエット、厚い肩パッド、広いラペル)を着て、旧日本軍の軍人のような口ひげを蓄え、ヘアトニックのにおいを纏いながらやって来た。






 男は気取った態度を取り、





「株で儲けてるんだ」





 と、きいてもいないのに、自慢してきた。





「へえ、すごいですね」





 はなは適当に答えると、施術中にどれくらい儲けているのか、高級車を何台所持しているのか、いくらでマンションを購入したのか、政財界から芸能界までいかに人脈が広いのか等をひたすら語ってきた。




 しかし、この男が口にする全てが嘘くさく感じていた。



 そもそも、客が語ることなんて、殆どが嘘だから、それを言ってしまえば元も子もないのだが……。(はなはそう思っている)





 相手もはなが信用していないことを察したのか、




「自宅には札の山があるんだ」




 と、施術中にも関わらず、突然立ち上がって、鞄の中からだいぶ型落ちしたスマートフォンを取り出して、その写真を見せてきた。




 たしかに、かなりの量の札束が積まれている。


 しかし、この男は札束と一緒に写っていないし、自宅と言っていたのに、写真に映る窓の外の風景には山並みが見えた。




 その話も適当に流して、施術を終え、男を帰らせたあと、”札束”と入力してGoogleで画像検索してみると、検索上位にさっき男が見せてきた写真が出てきた。



 もう60も過ぎて、いつまで小学生のようなことをやるつもりなのだろうと、その男のことが可哀想にも思えてきた。




 きっと、実際は大して金のない貧乏人なのだろう。




 金がないコンプレックスがそうさせたのだと、はなは思った。







 しかし、はなに金持ちアピールをしてくる客は彼だけではなかった。





 昨年の大晦日に来た20代後半の客もそうだ。



 背は低く、顔ににきびがたくさんあり、歯が黄ばんでいるのは覚えている。




 よれよれのスーツ姿だが、彼は決まっていると勘違いしているようだった。



 はなからしてみたらひと回り以上年下の坊やであるから、世間を知らないのだなと呆れながらも、早く自分の姿に気付いた方がいいのにと思っていた。





 だが、はなはもちろん本心を顔には表さなかった。






 とりあえず、初めての客なので当たり障りのない、





「今日はお仕事だったんですか」





 とスーツ姿だったのできいてみた。


 すると、彼は嬉しそうに、




「そうなんですよ、休みがなくて困ってます」




 と内心嬉しそうだが、あえて苦笑しながら返してきた。




「どんなお仕事をされてるんですか」




 はながきくと、




「会社を経営してます」




 彼は笑顔で答えた。



 黄ばんでガタガタの歯が恥ずかしげもなく覗いている。


 歯並びが整っていないと金持ちになれないわけではないが、彼には金持ちの見た目に関する条件(清潔感、上品さなど)に当てはまるものがひとつもなかった。





 はなは(これまたウソだな…)と、口からの出まかせだと決めつけて、札束写真男と同じくいい加減にあしらうことにした。



 こんな奴を馬鹿正直に相手にしても1円の特にもならないことは、短くないメンズエステ歴で学んでいる。







 そして、鼠径部の施術をしているときだった。




「ちょっと、待って」



 と、坊やは起き上がって、ハンガーにかけられたスーツのポケットの中から半分におられた千円札を取り出して、渡してきた。





「えっ?」




 はなは訳がわからずに首を傾げると、




「これあげるから、したい」




 坊やは言った。




「冗談でしょ?」




 はなが苦笑いしてきき返したが、坊やの目は真剣だった。




 はなは心底呆れ果ててしまい、そこから坊やにメンズエステは風俗と違うことや、もっと清潔感を持たないと嫌われるなどと施術の手を止めてこんこんと説教をした。





 説教をしている間、坊やは悔しそうな目を向けてきて、




「もし私とセックスをしたいなら、100万くらい積んだら考えてもいいけど」




 と、はなはついヒートアップして言い放ったところ、




「お前にそんな価値はない!」




 と、突然坊やは怒鳴り散らして帰って行った。




 100万円のくだりはさすがに言い過ぎたかなとはなは思ったが、これで少しは懲りるといいなと思った。








 しかし、坊やよりも酷い者もいた。




 ある四十代のイケていると勘違いしているサラリーマンの男は、最初からお触りが酷かったが、「ヤラせろ」と命令してきたので、




「出来ません」





 と、断ったところ、五百円を渡してきた。





「これをあげるから」




 勘違いサラリーマンはニヤニヤと気持ちわるい笑みを浮かべて言った。





「…。あまり馬鹿にすると、お店に電話しますよ」




 と、はなが真顔になり脅すと、その後はすぐに大人しくなった。




 そしてお互い無言のまま、その後の施術を終わらせた。










 はなはこんなことが続いたので、同じ店で働いている五歳年下のゆみというセラピストに、





「この間さぁ...」




 と、三人の客の話をしたら、





「私なんて、出張行った先で家にあるブタの貯金箱を渡してきて、これでヤラせてくれって言われたんだからね」




 と、聞かされた。




「ブタの貯金箱? その客いくつなの?」





「まだ18歳って言ってたけど……」




「まあ、それなら私が会ったあのふたりよりまだ許せるじゃん」





「でも、小銭がジャラジャラ鳴ってて、もしかしたら500円も入ってなかったのかも」




 ゆみはため息混じりに答えた。





「そういう客の神経ってどうなってるのかな」




 はなも同調してため息が溢れた。




「ほんと。どうしてセラピストが、ていうか女性が喜んでくれることをしてくれないんだろう……。普通に施術を受けてくれるだけでいいのに」




 ゆみは首を傾げた。





「元々、そんな当たり前のことができる男性はメンズエステに来ないのかも。この仕事をして、今まで色んな客と接して来たけど、付き合いたいなって思う人に会った事ないもん。そもそも付き合いたいと思う条件は、まずメンズエステに来ないことよね」





 はなが力説した。





「そっかぁ、確かに本当に良い男はこんなところに来ないか。ん?でもそれじゃあ、この仕事してる限り、いつまで経っても良い男と巡り合えないよね……」





 ゆみはぽつりと呟いた。


 はなとゆみの暴露 〜完〜

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