店長兼セラピストかすみの暴露 最終話 「大物AV女優がいる店の真実」
もうすっかり秋だというのに、まだ半袖でも過ごせそうな暖かな日であった。
世の中は新型コロナウイルスの第三波による感染者数が増えていたり、プロ野球ではソフトバンクホークスが日本シリーズで四連覇を果たしていた。
かすみは都内某所の小洒落た喫茶店で、他のメンズエステ店の店長兼オーナーの三十代半ばの女性、祥子と近況を話し合っていた。
「コロナの影響どう?まだ続いてる?」
かすみはきいた。
全体的に客が減少するということもあったが、人気セラピストは相変わらず予約困難な状況が続いていた。
だがそれよりも、セラピストがコロナを恐がってあまり出勤しなくなったことの方が痛手だった。
一時期は出勤セラピストがいなくて、二週間休業したこともあった。
「んー、そうだね……。うちは持ち直してきたけど、周りでは潰れてる店も増えてるみたい。特に出張店で多いって、この間掲載サイトの担当者の人が言っててさ」
祥子が答える。
「出張店が? どうして?」
「もしかしたら、セラピストを自宅とかに呼ぶよりも、店舗とかマンション型の方がコロナ対策してて、感染リスク抑えられると客側が思ってるんじゃないかって」
「なるほどね。でも、メンズエステのお客さんたちって、あまりコロナの脅威とかって考えなさそうだよね」
「私もそう思う。みんな二万円くらい払って、いい思いが出来るかどうかわからないところに行く考えの人たちだもん」
「台風でも大地震でも店がやってる限りは来るよね」
かすみが言うと、祥子も納得するように頷き「そんな人で成り立ってる商売だけどね」と自虐気味に言った。
それから、
「そういえば、この間教えたサイトの有料記事はどうだった?」
と、きいてきた。
以前会ったときに、メンズエステの口コミサイトで、取材形式の記事が集客に繋がるという話を祥子はしてくれたのだ。
それで、さっそくかすみも試してみたのだが、
「うーん。ぶっちゃけうちの店ではあまり効果なかったかな」
と、正直に答えた。
どの媒体に広告を出せば集客になるかという話題は、ふたりの間で頻繫に交わされる。
今は色々なブロガーサイトやランキングサイトが乱立していて、一体どこが本当の集客になるのかは出してみないと分からない。
祥子に限らずかすみは様々な店のオーナー達と知り合い、情報交換をすることで最短距離で集客に努めようと励んでいる、という感じだ。
他にふたりの間に話題に上がるのはセラピストのことで、転々虫と呼ばれるフリー客要員にしかならない子の話などになる。
この転々虫はなぜか同じエリアで店を鞍替えしていくので、店側も客側も、その子が稼げない子、いわゆる地雷だと知っている場合が多い。
なので面接に来ても、本当に人が足りない時でしか雇う気はないし、そもそも応募の時点で『現在は募集をおこなっていません』と言って断わってしまう。
「あ、そうだ、この電話番号の男知ってる? 気に入らないセラピストに暴言吐いて、ネットで誹謗中傷を撒き散らすヤバい奴だから、先に出禁処理しといた方がいいかも」
祥子が090から始まる携帯電話番号の載ったスマホ画面を見せてきた。
かすみは自分のスマホのメモにその番号を打ち込んだ。
「ありがとう。やっとく。私も一件あるよ。この電話番号の男なんだけど、注意してね。引き抜きだから。私の店に来た時はキタムラだった」
今度はかすみがスマホの画面を相手に見せて、引き締まった声で言う。
「誰かやられた?」
「うん、ひとりね。可愛い子だったけど、無断欠勤が多い子だったから、まだ諦めついたけど」
かすみはため息混じりに答えた。
すると祥子が「あっ!」と思い出したかのように声を上げた。
「引き抜きで思い出したんだけど、この前中目黒タワマン強盗にあったのって、里美ゆりあっていうAV女優だって知ってる?」
と、ネットニュースの記事を見せてきた。
なにがどう繋がるのか分からないまま、とりあえず差し出されたネット記事をかすみは読む。
内容は以下の通りである。
東京地検は11月16日、東京都目黒区のタワーマンション一室に宅配業者を装って侵入し、現金約600万円を奪ったとして、強盗致傷と住居侵入容疑で、千葉県成田市の飲食店従業員(19)ら17~19歳の少年3人を東京家裁に送致した。送致容疑は、共謀して10月26日午前10時半ごろ、目黒区上目黒のマンションの一室で、住人の女優、里美ゆりあさんを脅してクローゼット内にあった封筒や金庫に入っていた現金計約600万円を奪い、両手などに2週間のけがを負わせたとしている。
「この人、新橋とか六本木とかにルームがあるメンエスで働いてるんだけど、セラピスト名がなくて、たしか『レジェンドAV女優』っていう表示だったはず」
祥子が店のホームページを見せてきた。
「あれ?ここのオーナーってAV女優とかグラドル抱える事務所の社長でしょ?そのツテで、いま仕事に溢れてる子たちをセラピストとして働かせてるって聞いたけど」
かすみは他の店長から聞いた話を口にした。
求人を見ると、セラピストへのバック率が高く、80パーセントバックなど業界では考えられないようなことも書いている。
「オーナーは税金対策でやってるから、赤字にならなければいいとか考えてるって話だけど、迷惑な話だよね」
かすみは苛立ちの混じったトーンで言った。
というのもこの店は都内ではまあまあ有名店になる。
それと同時に多数の店から恨みも買っている。
店の在籍セラピストはAV女優をはじめ、グラドルやらアイドルやらと肩書きを持ったセラピストが多数働いているとなっているだけでなく、常に満了になるレベルの人気セラピストも在籍している。
しかし普通の店では常に満了になるセラピストは1〜2人が限界だ。
なのにこの店は開店から1年ちょっとで複数人もいる。
普通ならあり得ない話だが、そのカラクリは至ってシンプルだ。
というのも、この店『S(仮名)』のオーナーは他店から強引な引き抜きをしており、80パーセントと高いバック率でセラピストを誘い込んでいる。
さらにそれだけでなく、セラピストにはSで働く時と同じ源氏名で他店でも働かせ、そっちの客をSに持ってくる戦略も取っていたりするのだ。
高いバックを餌に、他店から客を引っ張ってくるよう誘導されれば、Sで働くセラピストは自分の取り分が高くなるため、掛け持ち店から客を引っ張ってきてしまう。
掛け持ちされた店は高い金を払って広告を出したり、頭を捻らせて集客しているのに、せっかく集めた客はすべてその掛け持ち先Sに行ってしまうというので恨みを買っている、という訳だ。
そもそも80パーセントのバック率でセラピストにお金を払っていたら、店側にはほんとんど利益が残らないような気がする。
だが単価が高いし、店は10部屋ほどあると聞くし、Sのオーナーは月に1000万円程の純利益を立てているだろう。
そしてその金は足が付かない事をいい事に税金逃れをしている。
このようなやり方は業界荒らしと同等だ。
プロの風俗嬢や売れないとはいえ芸能人被れの女性を集めていれば、一般素人の女性セラピスト達は対抗するためにより過激なサービスを始めるだろう。
そうすればこの業界はどんどん違法風俗化していく一方だ。
いずれにしても、引き抜き行為は絶対にNGとされている業界の暗黙のルールを破っており、業界を騒がせる存在であることに違いはない。
と、つらつらとかすみが考えながらしゃべっていると、急に祥子が吹き出し、声を上げて笑い始めた。
「あのね、それ全部嘘だよ。里見ゆりあが働いてるのはほんとだけど、芸能事務所の社長とかそういうの全部嘘!」
祥子は可笑しくてしょうがないという顔で告げた。
「え、ウソ?どういうこと?」
かすみは困惑して投げ返した。
「うちのセラピストがこのS店のオーナーに引き抜きされかけたんだけど、この子律儀でさ。こういう話きてるんですけどどうすればいいですか?って私に報告してきたの。それで掛け持ちすればって言ってどんな店なのか興味あるし教えてよって言ったのね。それで色々内情を知ることができたって訳なんだけど...」
祥子は「私も最初はかすみと同じような話きいてたから騙されてたよ」と言い話を続けた。
「まず、肩書きにAV女優、モデル、グラドル、アイドルってついてるのはほぼ全部嘘。で、一人本当にグラドルはいるらしいんだけど、個撮とかしてる超底辺グラドルで、教えてくれた子が『私の友達の一般人の方がずっとかわいいです』って言ってた。なんかね、『胸が大きいからグラドルって肩書きつけとけ』とか、そんな感じで肩書きつけるらしいよ。」
「それから、看板セラピストの子、あの毎日ずーっと先まで予約満了って言ってるあり得ない子、オーナーの女で一緒に満了詐称してるんだって。まぁこれはそれなりにセラピスト長くやってたらみんな察しついちゃうけどね。なんかね、うちの子曰く、この看板セラピストの研修受けたらしいんだけど、会った時写真と実物の違いがエグすぎて腰抜けたらしい。まぁそれは嘘だろうけど、とにかく大きいんだって、いろいろ。期待してるのとは違う方向でね。あと、研修全然タメにならなかったって。私の講習の方が良いって言ってくれるんだけど、私たいしたこと教えられてないし、そういうレベル?って感じ」
「お店もお店でさ、最近健全アピール凄いらしいんだけど、コスプレオッケーだから、セラピスト達は過激なコスプレ着いっぱい用意してるんだって。客の金払い次第で抜きや本番する子もやっぱりたくさんいるみたいで、店とセラピスト全然連携取れてないっぽいよ。」
「あとね、オーナーは不動産関係の仕事で芸能とは関係なし!里見ゆりあとは、偶然の繋がりで知り合ったみたいよ。たまぁに小金稼ぎに来るんだって。ラッキーってやつ?私は御免だけど。このオーナー普通に銭ゲバらしくて。講習も自腹で行けってスタンスなんだって、酷くない?店のセラピストがやる講習もお金を払えってスタンスらしくて」
「とまぁ、ね?全然言われてるのと違うでしょ」
祥子が衝撃の事実を次々に叩き出したが、かすみも納得した点が多々あった。
そもそも赤字にならなければいいというような運営者が、強引な引き抜き行為をするはずがないし、芸能人を働かせているならそれだけで十分勝算を持って店を出せるはずだ。
それに事務所に所属している子は、普通は事務所がパトロンを紹介するか、パパ活サイトに登録するように言う。
メンズエステはグレーゾーンとはいえ、世間一般からしたら風俗と変わらない業種だから、これから芸能界でやっていこうという女性がこんな不特定多数のよく分からない客が来る場所で働ける訳がないのだ。
それは自分の知り合いのモデルから聞いた話だから間違いないし、祥子の話してる内容と合点がいく。
このS店のオーナーは、かすみが思っていたようにすごい店なんだと思わせるのが偶々上手く言ったことで、尾ひれがついてこのようなイメージを持たれる店にできただけだったのだ。
「そういえば、里美ゆりあが強盗に遭って少しした後に、Sで働くセラピストの全体チャットにオーナーから、『タンス預金はやめて銀行にお金を入れるように』って言われたんだって」
祥子が言った。
「えっ、そうなの? どうして?」
「里美ゆりあの件で、警察と税務署がどうして自宅に600万円の現金が置いてあるのか怪しんでるみたい」
「そっか、あの取られた600万円はメンズエステで稼いだ分ってこと?」
「全部そうとは限らないだろうけど、実際在籍してるわけだし、そんな気もするよね」
メンズエステの仕事は基本的に現金払いである。
だから、お金の流れは税務署にもわからない。
金の出所を探られる心配はないと踏んで、納税しているセラピストやオーナーはS店に限らず存在しないに等しいと言っても過言ではないだろう。
「それに、里美ゆりあ以外のセラピストも自宅に現金で保管してるだろうから、強盗に目を付けられる可能性もあるじゃない。だから、オーナーはそう言ったんだと思うな」
それにしても、里美ゆりあは自分が被害者だと堂々とメディアで公言できるのも神経を疑う。
里美ゆりあから、S店のオーナーに税務署の手が伸びるのも時間の問題かもしれない。
今は法改正がされて、直近6年までは追加徴税ができるはずだ。
国の国庫が近い将来メンズエステでのお陰で潤う事になるかもしれない。
「あと、この間、横浜のDが摘発されたね」
と、祥子が言った。
Dというのは、横浜や都内の7箇所のマンションの部屋で展開している2020年4月にオープンした店で、性的サービスを行ったという風営法違反の疑いで、経営者の男が逮捕された。
男はセラピストに風俗行為をしないように指導していたと容疑を否定しているらしいが、神奈川県警は店の売り上げや経営の実態を詳しく調べているそうだ。
「なんか、メンエス自体がどんどん過激になってってるし、メンエスを取り締まる法律が出来たらもう終わりだよね。あと二年持つかどうかじゃないかな……」
かすみは悲観的に言った。
「そうだよね。メンエスが出来なくなったら、どうするの?」
祥子がきいてきた。
「新しい仕事探さなきゃ。って言っても、いまは一日中、店の仕事に追われてて、これから先の仕事考える時間もないんだよね。ほんと、どうしよっかな」
かすみはため息をついた。
それぞれお店が営業中のため、話もほどほどに喫茶店をあとにし、二人は別れた。
外はすっかり暗くなっていた。
先の見えない毎日は、ちょうどひと気と街灯の少ない夜道を歩いているようだ。
これまで普通の人間にはない様々な経験をこの業界でしてきた。
でも、これっぽっちもワクワクしない。
今日もなんだかパッとしない締まり方だが、かすみはとっくに慣れてしまっていた。
メンズエステで働くとはそういうことだ。
店長兼セラピストかすみの暴露 〜完〜