ノアの暴露 後編 「ノア流:俺様客への対応方法」
ノアのメンズエステ歴の中でもうひとり、殴ったことのある客がいる。
その男はカナダ在住の日本人ビジネスマンで、日本には年に一度しか帰ってこないらしい。
つい最近、カナダ人女性と離婚したそうだ。カナダでは価値観が合わないことも多く、寂しい思いで過ごしていると言ってきた。
見た目はいかにも仕事が出来るタイプ。
若い頃のベッカムのような髪型をしていて、目鼻立ちのはっきりとした顔だが、髭は脱毛している。
いざ施術に移ると、脱毛しているのは髭だけではなく、全身そうであることがわかった。
肌の手入れもちゃんとしていて、きめ細かい。
そこら辺の女性よりもずっと美肌だ。
毛があることに無頓着な男性は多いけど、毛があるってことはそれだけ女性に優しくないってことだと、ノアはメンズエステで働いてから気付いた。
毛深いと折角つけたオイルがすぐ浸透してしまい伸びなくなるし、密着すれば客の毛がセラピストたちの肌をチクチクと刺激してくる。
客の毛で肌が擦れるたびに、「わたしの綺麗な肌を傷つけないで!」と叫びたくなるくらいだ。
折角綺麗にお手入れをしてきた肌が、一人接客するだけで赤いブツブツができるなんてザラにある。
だから、パイパン男は大歓迎だ。
それだけでセラピストに優しくしてくれると思ってしまう。
この客は経済力があって、話題も豊富で、しかもイケメンだ。
メンズエステでは、なかなか出くわさないタイプに、ノアは心が浮き立っていた。
しかし、ノアは忘れていた。
そういう芸能人でもないのに外見に異常に気を使う男のデメリットを。
つまり、ナルシストで、ワガママな奴が多いのだ。
女はみんな俺様が好きで、俺様の言うことをなんでも聞いてくれる。
もし仮に断られたとしても、それは俺様に魅力がないからじゃなくて、女のプライドが邪魔をしたのだと思い込む。
惚れられたら最後というタイプの男だ。
案の定、彼もそうだった。
楽しい話をしている最中に、
「君が欲しい。今すぐに」
と唐突にキザな言葉を言ってのけた。
「ありがとうございます」
ノアは適当にかわそうとお礼だけ伝ると、いきなり手首を思い切り掴まれ、体をぐっと引き寄せられた。
そして、客はノアに無理やりキスをしてきたのだ。
次の瞬間、ノアの手は自然と動いていた。
客は「うっ」と鈍い声を挙げて腹を抑えた。
「何するんだよ!」
客は声を荒げた。
「ここは風俗じゃないですから!」
ノアは立ち上がり、鬼のような形相で睨んだ。
ただ、この客はそれでも引き下がらなかった。
ノアの手を掴んで、またぐっと引き寄せてきたのだ。
あらかじめ警戒はしていたため動きが予想出来たので、引っ張られた反動を利用して、今度は相手の胸に蹴りを入れた。
するとさすがに意気消沈したのか、客はそそくさと着替えて帰って行った。
情けない男たち。
こんな男たちは客でもない。
客は何をやっても許されると思っているなら大間違いだ。
大体の客がセラピストを下に見ているし、それをあからさまに態度に示す奴もいる。
そんな奴にはそれ相応の対応をするだけだ。
ノアは客たちに多くを求めていない。
ただ、来てくれる客が良識のある普通の人間であればいいだけなのだ。
ノアの暴露 〜完〜