店長兼セラピストかすみの暴露 第2話 「かすみ」
かすみは青森の侘しい農村で生まれ、実家は貧乏だった。
新しい物を買ってもらったこともなければ、お年玉だってお札でもらったこともないくらいに家計は困窮していた。
それも全て、父親の借金のせいだ。
貧乏は悪いことではないと思っていたが、不便であった。
たとえば、何を買うにしても、これが欲しいから買うというわけではなく、ただ他のどれよりも安いからという理由だけに縛られた。
だからといって、親を恨むようなこともなかった。
高校を卒業したら、親に大学の学費を払う余裕はないが、自分が奨学金を借りて、アルバイトをいくつか掛け持ちをすればなんとかなるだろうと考えていた。
しかし、現実はそう甘くなかった。
昼は授業、夜はアルバイトの生活が続く。
せっかくの大学生活なのに、アルバイトだけで一日が終わり、授業中は眠く、最初の学期ですでについていくことも出来なくなった。
(これじゃ、なんのために大学に通っているのかわからない)
かすみはこのままではいけないと思い、もっと稼げるバイトを探した。
しかし、大学生の女の子に出来る仕事で、よく稼げるというものはそう多くなかった。
結局は、貧しい女の子のありふれた境遇と同じで、風俗の仕事を始めることにした。
抜きありの風俗エステである。
東京に出て来る前に付き合っていた同級生の男の子はいたが、セックスの経験はなかった。
心のどこかで、初体験は好きな男としたいと思い、ソープランドで働くことは考えなかった。
体を勝手にまさぐられるデリヘルも避けたかった。
なので、キスはあるけど、お触りは出来ない、風俗エステに決めたのだった。
それから、授業を受けてから、風俗エステで働く生活を大学二年生まで続けた。
あまりに横柄な客が多く、稼ぎは良いが、はじめのうちは精神的にかなりきつかった。
しかし、そのうちに慣れてきて、男を気持ちよくさせることを事務的にできるようになった。
そんな頃、仲の良かった客にメンズエステの存在を聞いた。
「脱がない、触らせない、風俗行為は一切ないよ!」
客はそんなことを言っていた。
「えー、そんなんで来るお客さんっているんですか?」
かすみは客の言葉を疑うように思っていたが、もしかしたら、本当にそんな世界があるのかもしれないと微かな希望を胸に託して、ネットでメンズエステ店を探し、面接を受けた。
そこの店長兼オーナーはお世辞にも良い人とは言えなかったが、
「風俗行為をしなくていいんですか?」
と、真面目な顔をしてきいたら、
「もちろん」
「そんなことでお客さんが怒ったりしませんか?」
「だって、風俗じゃないから」
と、言われた。
すぐに採用をしてくれるというので、次の日から働き始めた。
そうして、かすみはメンズエステで働き始めたが、それでも風俗行為をしなくていいのか半信半疑であった。
だが、本当に風俗行為はしなくてよかった。
マッサージの技術は風俗エステで身に着けていたし、その時にコミュニケーション能力も磨かれたので、客は予想以上に付くようになった。
チップをくれるという人もいて、金額的にも弾んでくれるひとには心を動かされて禁止されているようなことを何度かした。
深夜の時間帯だけ出勤して、一日平均3万円を手取りで貰えた。
一店舗だけでなく、もうひとつのメンズエステも掛け持ちで働くことになり、月に25日出勤していたので、75万円くらいは稼いでいたことになる。
しかし、それらは全て学費と親の借金返済に割り当てたために、自分で使えるお金は大して残らなかった。
それでもメンズエステという職のおかげで、大学を無事に卒業すること出来た。
そして、ネットで輸入製品を販売する会社に就職した。
だが、就職をしたからといって、メンズエステを辞めるわけではなかった。
給料がそこまで高くなかったというのも勿論理由にあるが、この業界に入ったことで無事大学を卒業でき、生活を楽にしてくれたという気持ちから恩返しをしたい、という思いがあったからだ。
そのうちに、知り合いが税金対策に何かしたいと言っていたので、メンズエステはどうかと勧めたら、相手が喰いついてきて、一緒に店を始めることになった。
そうして、かすみは店長兼セラピストとして、本業の傍らにメンズエステの運営を行うことになったのだった。
店は二年目になるが、セラピストと部屋も増えてきて、軌道に乗っている。
メンズエステをやっていてよかったことは多々ある。
特に人脈づくりの面ではだいぶ役に立っている。
普通に業界のパーティーへ赴けば、「はじめまして」から始まり、当たり障りの簡単な会話しか出来ず、一度食事でもすることになったら、面倒な人間関係の構築をしなければならないが、メンズエステだと肌に触れる仕事なので、客は心を開きやすくなる。
さらに、政治家の裏事情、敏腕トレーダーの株情報、ジャーナリストが教えてくれる芸能人の不倫情報など、耳にすることは多い。
正直、高級クラブのホステスよりも事情通だと自負している。
それくらい、マッサージには人の心を丸裸にする魔力があると思っている。
派手に儲けたいということは考えていないが、自分の好きなようにこれからもやっていけたらいいなと考えている。
そんなかすみだが、今のなお忘れられない出来事があった。
続く.....