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店長青木の暴露 中編 「メンエスあるある〜清楚系女性編〜」
(前回の直前から)
青木は冷め切ったコーヒーを口に運んだ。
と、同時にスマホのバイブが鳴った。
カップを口から離して、スマホを確認した。
「本日はよろしくお願いいたします。今、喫茶店の前に着きました」
(早えぇ……。ん、いやいや、5分前集合なんだから良いのか)
「ご連絡ありがとうございます。入って一番奥の席に座っております。」
青木はメッセージを返すと、コーヒーの代わりに水を口に含んで潤した。
12時からのこの女性は1週間前に応募してきた人だ。
メッセージのやりとりは丁寧で、面接の日程調整はスムーズに進んだ。
社会性に乏しく非常識な人が多いこの業界では、それだけで好感が持てる。
ただ、事前に送ってもらった写真では顔立ちがよくわからなかった。
写真は自然を背景に遠くから撮影したもので、さらに撮ったのは真冬だったのであろう、マフラーとコートも着こんでいた。
店の入り口に目を向けると、自動ドアが開き、丸っこい小顔で、細目で低い鼻の、おでこにニキビがいくつもある女性が入ってきた。
目が合うと、軽く会釈をしてきたので、青木も軽く頭を下げた。
席に近づくなり、透き通るような綺麗な声で、
「はじめまして、前田と申します。よろしくお願いします」
と、彼女の方から先に挨拶をしてきた。
少しクリームがかった白のブラウスにベージュのラップ風スカート、左腕におそらくスカートとセットであろうベージュのジャケットを持ち、左肩にはあまり装飾のない黒い小さなバッグを掛けていた。
「はじめまして、店長の青木と申します。どうぞお掛けください」
青木は促した。
前田はすっと腰をかけた。
彼女の動作は、ひとつひとつが綺麗だった。
歩いて向かってくる時はもちろん、腰掛ける時も、座っている時の姿勢も、いったい誰から教わったのか知りたいくらいだった。
就活生全員が彼女を見本にすれば良いのではないかと思う程だ。
「何をお飲みになりますか?」
青木はドリンクメニューを手に取った。
「いえ、お水で構いません」
「遠慮なさらずに」
青木はドリンクメニューを彼女にそっと差し出す。
彼女は上から下までスッと目を通し、
「すみません、それじゃあ……、アイスティーで」
と、決めた。
アイスティーはこの店で一番安い。
ちょうど店員がお水とおしぼりを持って来たので、そのまま注文した。
ふと、テーブルを見ると、前の面接者の飲み物とおしぼりがまだ机に残っていた。
やらかしたと思ったが、店員は何事もなく空のコップとおしぼりをさげた。
彼女は何となく目で追っていたが、何も言わなかった。
青木は彼女が気にしていないことを祈り、さっそく面接を始めた。
「今って昼職されてる感じですか?」
「はい。あ、この格好ですよね?」
彼女は笑顔で返した。
「それもあるんですが、スケジュール調整の時に土日を希望されてたんで」
「平日は貿易会社で働いてまして、残業も結構あるので土日しか出れないんですが、大丈夫でしょうか?」
「そこは気になさらないで、構いませんよ」
それから、彼女の学歴や職歴、簡単な生い立ちについて話してもらった。
前田つかさ、25歳、千葉県出身。
都内の外国語大学卒業後、今の貿易会社に就職した。
兄弟姉妹までは聞かなかったが、貧しい家庭だったため、大学の学費はローンを組んで自分で返済しているらしい。
先日、母親が倒れ、医療費も重なったため、副業を決意したそうだ。
学費の返済というのはよくある理由だが、彼女の話し方に嘘は感じられなかった。
明るい性格で、ハキハキと喋り、視線も柔らかい。
常に自然な笑顔でいる。
パーフェクトだ。
毎週面接をやっていると、こういう教養のある素晴らしい社会人に出会うこともある。
そういう人のほとんどがメンズエステ未経験だ。
ましてや彼女ほど印象の良い、社会的経験も積んでいる人なら、専門技能が求められる職業でもない限り、どの業種の面接も自信を持って挑めるだろう。
だが、採用するつもりにはなれなかった。
原因は、ブサイクだからだ。
メンズエステで稼いでいくには、ルックスはとても重要だ。
彼女が仮にこの業界に入ったとしても、売れることはまずない。
むしろ、地雷扱いされ、ネットで容姿について酷い書き込みをされる。
そしたら、彼女は精神的に深い傷を負うことになるかもしれない。
さらに、強要や猥褻まがいなことをされ、彼女の中の純粋な心が汚れていくことになるだろう。
(ダメだ。こんな綺麗な心の持ち主を、この汚れた業界に入れてはいけない)
青木の心に妙な正義感が芽生えた。
だが、彼女に真実を告げる勇気がない。
青木はひとまず、メンズエステの話へ戻すことにした。
「すでにメッセージでご経験はないとお聞きしましたが、メンズエステってどんな仕事かイメージついてます?」
「一応、YouTubeで検索して、いくつか観てみました」
「えらいですねぇ。前田さんは自分でマッサージとか行かれます?」
「はい、結構好きで、よくオイルマッサージに行ってます」
「普通のマッサージとメンズエステのマッサージって、どこが違うかわかりますか?」
「えー何でしょう.....使ってるオイルですか?」
「まぁ確かにオイルも違いますね。いろいろありますが、マッサージの面で言うと、鼠蹊部があるかないかです。鼠蹊部っていうのは、股間周辺の事です。あと、お客さんの体にガッツリ密着します。その辺大丈夫ですか?」
青木がきくと、少し戸惑ってから、
「動画で観た感じでは、何とか頑張れるかなって思ってます。正直マッサージをやったことがないので」
と、考えるようにして答えた。
「思っていらっしゃるより、難しいかもしれませんよ」
青木は軽く脅すように言った。
「あの、研修があるんですよね?」
前田が心配そうに聞いてくる。
「ありますよ。あるんですけど……」
オーナーがやる、自己満足のための研修、いわゆるセクハラ講習があるとは言えない。
だが、彼女はメンズエステを全然わかっていないと感じた。
メンズエステは、単にマッサージどうこうという問題ではない。
水商売であり接客業だ。
技術も大事だが、それ以上に体が商品なのだ。
彼女はマッサージ未経験であることを気にしているようだが、その前にまず気にしなければいけないのは自分の容姿のことだ。
「どうして、メンズエステで働こうと思ったのでしょう? あなたほどの人なら他で十分稼げると思いますが。」
普段は意味がないから、こんなことは聞かない。
メンズエステを選ぶ理由は例外なくただひとつ。
楽して大金を稼ぎたいからだ。
エステに興味があるとか、マッサージに興味があるとか、嘘ではないにしても完全に後付けだ。
「いえいえ、そんなことないのですが、本当のことを言うと、うちの会社、副業ダメなんです。だからバレない仕事を探してて、どこのお店のサイトにも日払いって書いてますし、調べたら手渡しみたいなので、メンズエステにしました」
「なるほど、そうだったんですね」
筋は通ってる。おそらく本音だろう。
見た目とは裏腹にサラッといけないことを言ってるが、それだけ切羽詰まってるのだ。
しかし、相変わらず、彼女を採用するつもりはない。
週に何回出れるかとか、お店のことや研修の詳細については話さなかった。
その後、いくらか話をしたが、どんなやり取りをしたのか、あまり覚えていない。
「それじゃあ、今日お伺いしたことを元にオーナーと話し合って合否を決めますので、月曜までにはメッセージでお返事します。今日は暑い中ありがとうございました」
丁寧に別れの挨拶を交わし、彼女を喫茶店の出口まで見送った後、青木は彼女に何か悪いことをしたような気持ちで席に戻った。
彼女の生活を助けてあげたい気持ちもあったが、青木にはどうすることもできない。
せめて、メンズエステの門を閉ざし、素晴らしい女性のままでいてくれることを勝手に祈るしかない。
はっきり言って、彼女がメンズエステの面接を受けにくるなんて、いろんな意味で場違いだ。
青木はスマホで時間を確認した。
なんだかんだで40分くらい喋っていた。
早々に採用するつもりがなかったのに、時間をかけ過ぎて今更後悔している。
ただ、さっきの面接と同じくらい時間が経っているのに、そこまで疲れていない。
どっかのレースクイーンとは大違いだ。
今日は収穫なし。
自分の仕事を少しして、今日はとっとと帰ろう。
青木は手をあげて店員を呼び、コーヒーのお代わりを頼んだ。
後編へ....