店長青木の暴露 前編 「面接あるある〜レースクイーン編〜」
耳元で大きな音が鳴っている。
青木は重たい瞼を開け、布団から手を伸ばして手探りでスマホを探した。
だが、スマホが見つからない。
仕方ないので、気怠い体を起こして、ベッド脇に落ちたスマホを拾い上げ、目覚ましを止めた。
時刻は午前10時半。
最初に目覚ましをかけていたのは、午前9時だった。
それから、3回目のスヌーズになる。
(さすがに、支度しないとまずい)
青木は寝室を出て、洗面所へ向かった。
顔を洗って、歯を磨いて、黒い半袖のポロシャツにグレーのスラックス姿に着替えた。
4年前にユニクロで買って、服はもうヨレヨレになっている。
新調した方が良いとわかっていながらも、めんどくさいので後回しにしている。
それに、服を買い替える金の余裕はない。
着替えが終わると、リビングへ行き、冷蔵庫からペットボトルのお茶を出して、一息ついた。
今日は11時に自宅からすぐ近くの喫茶店で面接の予定がある。
一昨日、LINEで写真を見た時は、加工しているとはわかったが、どことなくキレイめな感じがしたので少し期待している。
これが仕事ではなく、プライベートならと思う。
だがこれは本業ではなく、副業の面接業務だ。
本業はネット転売で、だいぶ前に買ったMacBook Airひとつでどこでも仕事が出来る。
本業のやらなくてはならない仕事が溜まっていることだし、早めに喫茶店へ行って仕事をしようかと思ったが、ついテレビをつけて、スマホでニュースやらゲームやらしてしまった。
気が付くと、約束の11時を少し過ぎていた。
面接に来る女性には、待ち合わせ場所の喫茶店に着いたら知らせるように告げてある。
また、すっぽかされたか、と嫌な予感がした。
面接の約束をしながら来ないことも少なくない。
青木は駄目元で、その女性に電話してみた。
プルルルルル……。
「はい」
出ないと思っていただけに少し驚いた。
「お約束の時間になってますが、今どちらにいらっしゃいますか?」
「もう喫茶店の中にいるんですが……」
女性が戸惑うように答えた。
連絡しろよと、心の中で思ったが、
「かしこまりました。今からそちらに向かいますのでお待ちください」
と、青木は電話を切って、自宅を飛び出した。
なんで約束の時間にいないんですか!と言われてもおかしくないが、青木にも訳がある。
メンズエステの運営、それが青木のもうひとつの仕事だ。
これから会う女性はセラピスト希望の子で、今から近くの喫茶店で面接をする予定なのだ。
青木は平均して週に1人、多い時で週に4,5人は面接の予定が入る。
だが、あくまでも予定が入るだけだ。
希望者が面接に来ない事はざらにある。
「大事な時間を割いているのに、何様のつもりなんだ!」
と、最初の頃はこの社会不適合者たちにイライラしていたが、その内マジメに面接のセッティングをしている自分がバカバカしくなり、面接者が待ち合わせ場所に来たら連絡してもらい、そこに向かうようにした。
喫茶店に入ると、「いらっしゃいませ」と初めて見かける店員が声をかけてきた。
「待ち合せです」
青木はそう言って、見渡した。
席同士の間隔が広く、配置も複雑な店内である。
ここは週に3回ほど来るが、いつも違う店員だ。
それはかえって好都合で、いつも違う女性と怪しそうな会話をしているので、同じ店員だと怪しまれかねない。
店内には女性の客は1人だけだったので、すぐにその女性が面接に来た者だとわかった。
「はじめまして、店長の青木です。お待ち頂きありがとうございます」
お待たせしてすみません、とはあえて言わないのがミソだ。
「あ、米村と申します。よろしくお願いします」
彼女は立ち上がり、頭を下げた。
「お座りください」
青木は促した。
(化粧が濃いなあ)
明らかに自分よりは年上の見た目である。
ブスとは言わないが、綺麗!と言えるほどでもない。
ラインで送られてきた写真を見ているから余計にそう感じる。
さらに、肌も汚い。
メンズエステは施術中照明を暗くしてあるので、そこまで目立たないかもしれないが。
「早速ですが、メンズエステのご経験は?」
青木は切り出した。
「はい、2年です」
「どちらのお店ですか?」
「中目黒で」
お店の名前を聞いたつもりだが、地域しか答えない。
この手は少なくない。
そして大抵はまだ在籍中で掛け持ち希望だ。
なぜかはわからないが、詳細を隠したがる。
店員が水とおしぼりを運んできたので、青木はホットコーヒーを頼んだ。
ふと気づいたが、米村はすでにオレンジジュースを頼んでいる。
これは面接なのだから彼女が支払うことはない。
遅れて来ているので人に偉そうに言える立場にはないが、社会常識を持った人間なら、相手が来るまで頼まずに待つのが常識だろう。
「今も中目黒の方で働いてるんですか?」
青木は確かめた。
「はい」
米村が頷く。
「そしたら、掛け持ちしたいってことですよね?」
「ええ、あの、掛け持ちは大丈夫ですか?」
「もちろん大丈夫ですよ。言われるまでもないと思いますが、この業界じゃ掛け持ちは当たり前なんで」
掛け持ちについて正直に答えるだけまだマシな方だ。
偽って面接に来る者がどれだけいることか。
「面接なんでそれっぽいこと聞きますが、これまではどんなお仕事されてたんですか?」
「一応、レースクイーンをしてました」
米村は答える。
(レ、レースクイーン? 何かの間違いではないのか)
青木は信じられなかったが、
「え、本当ですか! 今もされてるんですか?」
と、驚いたようにきいた。
「いえ、もう2年前のことです。その後はメンズエステです」
米村は小さな声で言った。
(2年前って、この人どう見ても30代半ばって感じだが、レースクイーンってそういうもんだっけ?)
青木の頭の中に、はてなが浮かぶ。
「あの、レースクイーンに会うの初めてなんですが、実際どんなお仕事なんですか?」
「元、ですけどね。」
と前置きをしつつ、彼女はレースクイーンでの仕事内容について少しだけ説明を始めた。
聞いてはみたものの、青木は正直全く頭に入ってこなかった。
代わりに、頭の中で同じ考えがグルグル回っていた。
(レースクイーンってこんな感じだっけ?)
もっとスラッとした美女、青木は勝手に自分のフィルターを通して彼女をもう一度見たが、しっくりこない。
座っているのでわからないが、もしかするとスタイルがすごく良いのかもしれないとも考えた。
「あの、腹筋とか割れてますか?」
青木はきいた。
直後に何をセクハラ発言しているんだと後悔したが、
「んーどうかな、一応鍛えてますけど。」
と、米村は笑いながら返してきた。
コミュニケーション能力がないわけではない。
嫌な感じもしないし、青木の低俗な質問にもぱっと答えてくれる。
見た目と肌は化粧や照明で何とかなるとして、レースクイーンという肩書きで、自慢のスタイルがあるなら、採用の道もある。
だが数分後、青木の考えは一変する。
「話戻っちゃいますが、うちの店にはどうして応募されたんですか? 中目黒だけじゃしんどい感じですか?」
青木は率直にきいた。
「んー、お客は入るんですけどね。お店がね、ちょっと……」
米村は言いよどんだ。
「あー、店の運営が粗悪ってことですか?」
「そうなんですよ! 掃除とか、片付けとか、全部セラピスト任せなんです!」
米村のトーンが急に上がる。
(いや、それは普通だろ)
青木は心の中で突っ込んだ。
メンズエステは歩合制だ。
セラピストの取り分は少なくとも50%はもらえるし、60%なんてザラにある。
店の半分以上の売上を懐に入れているのだから、それくらいの雑用は当然だ。
「客層も最悪で、変な客しか来ないんですよね、今の店」
米村がそう答えるが、青木には口の利き方が気に食わなかった。
(お客さんだろ?)
それから、聞いてもいないのに、次々とお店の内情を話し始めた。
最初どこで働いてるのか聞いた時は中目黒としか答えなかったのに、それとは打って変わった。
「実はちょっと前まで恵比寿のメンズエステでも働いてたんですが、そこ全然お客さん入らなくて。そういえば、お店売りに出してるみたいですよ」
お店の名前まで教えてくれたので、後で調べてみたが、なかなか有名なお店であった。
SNSや口コミを覗いてみても、とてもお客さんが入ってないようには見えなかったので、おそらくこの女性にお客さんをふってなかっただけの可能性は捨てきれない。
青木が気づいた時にはかれこれ50分ほど時間が過ぎていた。
キリのいいところで終わらせたい。
彼女はまだまだ話し足りないという顔をしている。
「あ、もうこんな時間ですね。すみませんお時間取らしてしまって。それじゃあ、オーナーと話し合って採用かどうかは決めますので、後日メッセージでお知らせします」
「いえ、とんでもないです。こちらこそ、ありがとうございました」
青木は彼女を店の出口まで見送り、席に戻った。
米村は恵比寿の辞めた店のみならず、在籍中の中目黒の店のことまで喋った。
その店の立場だったら、こんなにも恐ろしいことはない。
もし彼女を採用して、何かの拍子に彼女が別の店の面接に行ったら、同じように自分の店の内情が外に漏れるだろう。
絶対に、採用してはいけない。
そもそも採用するかどうかは全て青木に一任されているので、オーナーと話あって決めるというのはその場で不採用と言わない為の方便だ。
悪口をひたすら聞かされて、気分は悪い。
精神的に疲れたが、12時からもう1件面接がある。
あと5分もない。
(とんだレースクイーンがいたもんだ)
青木はもう一度深く大きなため息をつくと、刹那の時間、冷め切ったコーヒーを口にした。
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