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店長兼セラピストかすみの暴露 第4話 「史上最狂の面接応募者」
日がだんだんと沈んできて、空は真っ赤に染まっていた。
かすみはいつも面接の場所に指定するカフェで、入り口が見えやすい席に座っていた。
だが、約束の時間を過ぎても中々来ない。
(これはまたドタキャンかな)
とりあえず電話を掛けてみようと思ったその時、入り口から一人の女性が来店してきた。
遠目からでも分かるゴワゴワの金髪に、体型のせいで白い花柄が伸びて変形している膝丈のノースリーブワンピースを着たその女性は、そこまで大きくない店内をキョロキョロと誰かを探すように見回している。
(まさか、まさかなの……)
今日の面接に来る女性の容姿はまだ知らない。
LINEのアイコンも飼い猫らしき写真だったので、よくいる自分にあまり自信がないタイプの女子かと思い、期待はしていなかったが……
これは酷すぎる。
差別的な言葉に気をつけなければいけないことはわかっていても、男か女か一瞬わからないほどの巨漢だ。
ただ太っているだけでなく、ガタイもデカい。
間違いであって欲しいと思った矢先、LINE電話が突如鳴った。
かすみは反射的にスマホを取った。
「すみません、今日面接の予約をした黒崎です。今お店に着いたんですけど、どこにいま……、あ!見つけました!」
金髪の女性がスマホを握ったかすみの元へドスドスと地面を鳴らしながら走ってくる。
本当に足が地面に接するたびに音が鳴る……まるで地震だ。
勢いよく走ってくる金髪女を前にして、かすみは一瞬、身体的危機すら感じるほどその女の風圧は凄まじかった。
周りの人たちも、圧倒されて彼女を見ている。
そしてその金髪女が向かう先のかすみを見る。
恥ずかしいという感情が、かすみを恐ろしいほど襲ってきた。
「こんちは。かすみさんですよね?」
かすみが返事を返すより先に、金髪女は目の前の椅子にドスっと音を立てて座った。
椅子が軋んでいる。いや、悲鳴をあげている。
(それほどなのか。)
酷い羞恥心と風圧による混乱の中、かすみはできるだけ金髪女に目を向けた。
この女、見れば見るほど酷い。
たいして容姿端麗でないかすみでも、彼女より100倍は美人な自信がある。
トリートメントという栄養を与えた事がないようなゴワゴワでボサボサな髪をしており、身長はゆうに160cm後半くらいありそうだが、ズッシリとした体型と短い足で、ただただデカいだけ。
顔は、この暑さのせいで崩れかけたファンデーションが暴かれてしまっており、肌の凸凹が浮き彫りになっている。
(汚い)
かすみの第一印象はその一言に尽きた。
「何か飲みます?」
お引き取りを、という言葉が出かけるのをなんとか堪えて、とりあえず訊ねた。
「えっと、じゃあオレンジジュースで」
「分かりました」
かすみは近くにいた店員に注文を伝えた。
「えーっと、それでは黒崎さんですよね? 今日は暑い中ありがとうございます」
「はい、黒崎涼子です。よろしくお願いしゃす」
「早速ですが、ご年齢をお伺いしてもよろしいでしょうか」
かすみは意味がないと分かっていながらも、パソコンを広げてメモの準備をしながら質問を投げかけた。
「26です」
「えっ! あ、そうなんですか……。めちゃくちゃ大人っぽいですね」
絶対サバを読んでいると思いながらも、顔を渋めて質問続けた。
「メンズエステのご経験はありますか?」
「はい、2年くらい働いてます。今は上野の店にいますけど、そろそろ辞めようかなって思っていたので面接に来ました」
「それは何かあったからですか?」
察しはつくが、一応きいた。
その時、店員がオレンジジュースを運んできた。
黒崎涼子はお礼の一つも言わず、無言でストローを差し、ズゾゾッと音を立てて飲み干しにかかった。
喉が渇いていたにしても、もう少し飲み方というものがあるだろう。
かすみはおぞましいとすら感じた。
かすみがこの短時間で何度思ったか分からない単語を連想していると、黒崎涼子は中身を飲み干したコップを机に置き、店内に響くくらいの大きな声で、
「うちの店の店長、私のこと狙ってるんですよ! それがキモくて。出勤するたびに『今日もよろしくね』ってわざわざLINEして来るし、うざいなって思ってて。だから店長が女性なら狙われずに仕事していけるなって思ったんですよね。あと店が全然広告してないから客の入りが悪いし、やっと来たと思ってもまともな客は来ないしなんで。きもいおっさんの癖に『せめて抜いて』とか言ってきたり。イケメンならまだしも、何言ってんのって感じなんですよ。わかりますよね?」
とベラベラと喋った。
本気で言っているのだろうか。
かすみは唖然とした。
彼女のような醜悪な見た目と態度の女性を雇うメンズエステサロンがあることが驚きだが、そもそも彼女の言っていることが理解出来ない。
出勤前のLINEは普通にあることで、それで狙っているとか甚だ勘違いも過ぎる。
彼女はメンズエステで働くどころか、最底辺風俗店でも働いていけないだろう。
こんなレベルのセラピストが出てきたら、せめて抜きくらいはしてくれよと思うのは理解できる。
それでも出した金額としてはマイナスでしかないだろうが……。
正直、私が仮に男なら抜きすら御免かもしれないと、かすみは思った。
とにかく、早く切り上げたかった。
形だけでも面接をしようとしたが、こんな女に割く時間はない。
「なるほど、大変ですね。うちは私が店長なのでその辺大丈夫ですよ。経験年数もあるみたいだし講習もいらない感じですね。とりあえずオーナーが別にいるので、そっちに最終判断をしてもらう形なんですけど、面接用に写真一枚だけいいですか?」
かすみは早口で言った。
無駄に時間を過ごした腹いせに、写真を撮ってオーナーとの話のネタにしてやろうと思い、カバンを広げてスマホを取り出した。
「あ、ダメです。私本業アイドルやってるんで写真はNGなんで」
黒崎は拒否した。
(……)
言葉も出なかった。
かすみはもう今日1日分の気力を使い果たした気分になり、「分かりました」とだけ言ってスマホを再びカバンに仕舞った。
「これで以上になります。1週間以内に可否をご連絡させて頂きます。ありがとうございました」
かすみが告げると、少し間を置いてから
「分かりました」
と、黒崎は言った。
たった10分ほどで終わった事に少し驚いた様子であったが、椅子をギギっと床に擦り付けながら立ち上がり、そのままボサボサの金髪をなびかせ、まるで台風のごとく風圧を起こしながら店を出て行った。
金髪女を目で見送った後、かすみは我に帰って気づいた。
店から去っていく黒崎涼子を店員や他の客達が見ている。
(そりゃ目立つよね、最悪。もう恥ずかしくてここには来られない)
かすみは面接場所に別の店を探すことを考え、会計を済ませて店を後にした。
さすがに今回のように全てにおいてヤバい女性はそこまでいないが、容姿のレベルが低く態度の悪い女性は、実は枚挙にいとまがない。
ただ、それでいても、ヤバいのは面接に来る女性よりも、客の方が多いかもしれない。
その中でも一番衝撃的だったのは、二年前の春のことだった。
続く.....