エリカの暴露 第6話 「メンエス嬢の行きつく先」
そして、翌日。
萩原の心配が当たった。
オーナーからエリカに電話がかかってきて、
「出勤前に話をしたい」
と、カフェに呼び出された。
エリカは逃げも隠れもせずに、そこへ向かった。
席に着くなり、
「客と一緒に他店から人気嬢を引き抜いて、店を開こうとしてたんだって?」
オーナーは声を荒げることはなく、むしろ落ち着いた口調だったものの、強い憤りを感じるような鋭い目つきで聞いてきた。
「そうですよ。何か問題でも?」
エリカは開き直った。
オーナーは業界の暗黙のルールだとか、掟などをべらべらと語り始めたが、エリカは聞き流していた。
ひと通りオーナーの話が済むと、
「それで、私をクビにするんですか」
エリカは挑発的に聞いた。
「いや……」
オーナーはゆっくり首を横に振り、
「うちの店で一番稼いでくれるから、辞めて欲しくはない」
と、口にした。
「残って欲しいんですか」
「……」
「残ってもいいですけど、そしたらもう少し待遇を良くしてください」
エリカは強気で要求した。
オーナーは従った。
クビになるどころか、今までの取り分は施術料金の60%だったが70%にアップしたのだ。
オーナーはエリカの態度には不満だろうが、何をしているにしろ、かなりの人気を博しているエリカを手離せないのだろう。
エリカは今まで働いていた店の残留を取り付けた上、歩合率まで上げ、瞬く間にピンチをチャンスに変えてしまった。
ただ、
「俺たちは少し距離を置こう」
と、その日の夜に萩原に電話で言われた。
「距離を置くって?」
エリカは訳がわからずに聞き返した。
「エリカは今や有名セラピストだし、俺もメンエスのツイッターアカウントはかなりフォロワーいるから、この噂はすぐにネットに晒されると思う。だから、しばらくあまり目立ったことはしない方がいいと思う」
「新店を諦めるってこと?」
「今は……」
「私たちの関係は?」
エリカは確かめた。
「しばらく別れよう」
萩原が重たい声で答える。
「しばらくって、どれくらい?」
「ほとぼりが冷めるまで」
「それってどれくらいなの?」
エリカはしつこく聞いた。
「まだ決めてない。でも、俺はエリカと一緒に仕事がしたいし、エリカのことを好きだよ。だから、少しだけ我慢してくれ」
萩原は真剣に答えた。
「じゃあ、ほとぼりが冷めたら奥さんと別れて結婚してくれる?」
エリカは問い詰めた。
「……」
「どうなの?」
「うん、離婚する」
萩原は詰まりながらも、そう言った。
「じゃあ、信じて待ってる」
エリカは電話を切った。
不思議と心がすっきりしている。
エリカはポジティブにしか物事を考えない。
萩原はエリカのことが大好きで、エリカなしでは生きていけない男だから、離婚を躊躇ったとしても激しく責めれば約束は守るだろう。
もし、萩原と結婚しても、今の彼氏とはこっそり付き合っていようと思った。
そうすれば、今までとは変わることなく、人生が謳歌できる楽しい日々が続く。
結婚すれば、気持ち悪いパパ活相手ともすっぱりと縁を切ればいい。
それが半年後なのか、もしくは一年後なのか。
早くその日が来て欲しいと願っていた。
しかし、それほど経たないうちに、パパのひとりから、
「萩原とのことを聞いたけど。そんな男とは別れた方が良い」
と、説教じみたことを言われた。
エリカはめんどくさいと思いながら適当にあしらっていると、相手はヒートアップしてきて、
「俺がお前のためにどれだけ尽くしていると思ってるんだ!」
と、怒鳴りだした。
エリカにしてみたら、
「勝手に尽くしているだけでしょ」
という感じである。
いつもなら、金づるだから機嫌を直そうとするが、もうこんな男と付き合っていても足枷になるだけだと思い、
「あんたは金だけなの、それしか興味ないの」
エリカは馬鹿にしたように言い放った。
すると、男は子どものように泣き出した。
滑稽な醜態に、呆れて物も言えず、別れの言葉もかけないでその場を離れた。
逆恨みをされるかもしれないと思い、何かあったらその男の職場に乗り込み、今までのことをバラそうかと思ったが、その後男から連絡はなかった。
萩原とはまだ連絡は取っているが、会うことは控えている。
次に会う時には、婚約指輪を用意してからではないと嫌だと伝えていた。
「まだメンエス続けるつもりなの?」
最近、萩原に聞かれた。
「いつまで続けるか考えてないけど、楽なんだもん。だってこの仕事日当で現金で貰えるから毎日給料日だし、行くの面倒だったら体調不良って行って当日休めるし、 客はキモいのが多いけど適当に接客しとけば良いから。ソファ座って話すだけで満足する客もいるし、もうマッサージって疲れるから嫌だけど、それ以外で稼ぐ術が今のところないから』
エリカは説明して、
「結婚するっていうなら、すぐにでもやめるけど?」
と、急かした。
しばらく萩原と離れていると、彼に対する感情は薄まって来た。
ただ、萩原が出来る男だということには変わりないから、結婚するならして、生活の面倒を見てもらいたい。
新しく誰かと会って、徐々に親しくなって、付き合って、結婚するという長くて面倒な過程を踏むのは嫌だ。
とりあえず、今が楽しければそれでいい。
いくつになっても、自分が男に困ることはないのだから。
エリカはそう思いながら、今も暮らしている。
エリカの暴露 〜完〜