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スタッフ久田の暴露 「ムカつく、ムカつく、ムカつく」
もう疲れ切っていた。
大阪・心斎橋にある店舗型のメンズエステの部屋を掃除しながら、久田はセラピストに対する怒りが沸々とこみ上げてくる。
(もっと、ちゃんと掃除しろ! いつも言ってるだろ!)
しかし、いくら注意しても直してくれない。
いや、そもそもセラピストたちは掃除が出来ない者が多いのだろう。
セラピストが帰った後の部屋は床がオイルでベトベトだ。
マットの上のタオルは綺麗に敷かれていない。
脱衣所も床に水滴が残ったままだ。
客がシャワーを浴びる度に拭くように注意しているが、ちゃんと聞いてくれる子は二、三人しかいない。
メンズエステのスタッフとして働き始めた時には、もっと明るく、色っぽい夢を抱いていた。
元々、この店にはオーナーの大河原から誘われた。
ちょうど、アパレルの仕事をしていたが、社長と喧嘩をして勢いで辞めてしまって途方も暮れている時だった。
「次の仕事が決まるまででいいからやらない?」
と言われたが、メンズエステというもの自体たいして知らなかったし、もし摘発などが入って面倒なことになったら嫌だとあまり乗り気ではなかった。
すると、大河原は、
「警察が来ることはまずない。それに、女の子のセクシーな姿が常時見れるぞ」
と、言われて、心が揺れ動いた。
実際に働いてみると、女の子たちはスケスケのキャミソールを着ていたり、中には下着姿でうろうろしている者もいる。
初めは鼻の下を伸ばしていたが、次第にそういう姿も見飽きてくるし、常に掃除、洗濯、電話対応、面接シフトの組み立て、備品の管理とやることが多くて、それらにしか気が回らない。
もう、ストレスだ。
でも、ストレスはそれだけではない。
女の子たちは自分が売れないことを店のせいにしてくるし、他のセラピストの悪口を言っているし、誰がいくら稼いでいるのかを気にするセラピストもいるし、他のスタッフはすぐにやめてしまう。
このまま、こんな社会一般常識や倫理を持たぬ者たちと働き続ければ、頭がおかしくなりそうであるが、いまだ日々の生活をこつこつとこなしている。
やっと一通りの掃除が終わり、待機室でピザを食べていると、隣の部屋から待機中のセラピストが凄い形相でかけ込んで来た。
「ちょっと、聞いてくださいよ! 隣の部屋から喘ぎ声が聞こえてきたんですけど」
「隣のセラピストってことは……」
久田は手にしているピザを置いて、誰だろうと考えた。
たしか、まあまあ売れている二十代半ばのセラピストだ。
たまに話をするが、真面目そうで悪い印象はない。
それに比べて、今目の前にいるセラピストはまったく売れない。
店ではフリー客要因として、仕方なく置いている子である。
おそらく、彼女に対するやっかみで下手なタレコミをしているのだろうと思い、
「そうですか。調べておきますね」
と適当に返事をしておいた。
するとタレコミセラピストは不服そうに待機室を出て行った。
しかし、久田の店には本当に風俗行為をしているセラピストがいる。
わかっているのは、店の人気ランキング一位と二位のふたりだ。
久田が入店して間もない頃、口コミサイトを見ていたら、人気ナンバー1の子がヌキをしていて、本番行為もすることがあるということが書かれていた。
まさかと思ったが、調べるために友人に頼んで、彼女に入ってもらった。
友人が語るにはこうだ。
料金を払うと、着替えを手伝うと言われて、服を下着まで全て彼女の手で脱がされた。
それから手を引かれ、シャワーへ行く。
シャワーを浴び終えると、彼女がタオルで全身を拭いてくれた。
「紙パンツは履かなくていいからね」
彼女は耳元でそう囁いた。
部屋まで手を引かれて戻ると、マットに仰向けに横たわるように指示された。
それからはほぐしのようなマッサージは皆無であった。
彼女は、「お兄さんがタイプだから特別」とトップレスになり、友人の体にドバドバとオイルをかけた。
それからあれやこれやともみくちゃにされてヌキをされた。
90分で入ったが、30分ほど余ったので、彼女と添い寝をしながら話していると、
「お金を貯めて個人サロンをオープンしたい」
などと話されたという。
これが、この店の人気ナンバー1なのだ。
ナンバー2の子には誰も確かめさせていないが、口コミサイトや掲示板にかなり多くの風俗行為の投稿があることから、間違いないと決めつけている。
唖然として、大河原オーナーにふたりの風俗行為のことを伝えたが、
「稼いでくれるからいいじゃないか」
と、とりあってくれなかった。
「でも、そういうことをしているとそのうち厄介なことになりかねませんよ」
久田は言い返したが、
「お前はうちのトップを辞めさせたいのか? お前の給料も払えなくなるぞ?」
と、きつい口調で脅された。
それから、久田は何も言えなくなった。
大河原には何を言っても無駄だ。
いま稼げたらそれでいいと思っている。
真面目なセラピストはそういうことをする店なのだと思って何も言わずに辞めていくことが多い。
入店当初は店をどのようにすれば良くなるかなど、かなり頭を捻って考えていたが、今ではその意欲さえも湧いてこない。
ピザを食べ終わり、少し休んでいると、電話が鳴った。
久田は重たい気持ちを引き締めて、元気な声を作って、電話に出た。
『あのー、今日出勤してるセラピストについて聞きたいんだけど』
客はいきなりそう言い、誰がどういう施術で、どのくらい人気があるのかなど、セラピストについてあれこれ聞いてきた。
久田はまたこのタイプの客かと思ったが、嫌がる様子を見せないように丁寧に応対した。
『そう。じゃあ、あとで予約するから』
電話が切れた。
しかし、いくら経っても、その男から予約は入らない。
こうなることは久田は予想していたことだったが……。
しかし、この電話はまだましな方である。
一番酷かったのは、
『さっき入った者だけど、あのセラピストはブスだし、愛嬌がないし、胸をちょっと揉んだだけなのにものすごく怒ってくる。いったい、どういう教育してるの?』
ということを一時間以上も文句を延々と言われたことだった。
この客はセラピストからの評判はすこぶる悪いが、新人が入ったら必ず指名して来てくれる客なので、オーナーは出禁にするなと言う。
しかし、この客に入ったセラピストからは「絶対に出禁にしてください」とお願いをしてくる。
「ごめん、俺に権限はないんだ」
セラピストにそう言っても、わかってもらえない。
彼女たちは久田の怠慢だと思っている。
誰にもわかってもらえない、ただただ板挟みで苦しむ毎日。
もう限界はとうに超えている気がする。
久田は今日も、早く次の仕事を決めて辞めたいと思ってはいるものの、24時間仕事に追われて、就職活動もままならず、ズルズルとこの業界に居続けるのであった。
スタッフ久田の暴露 〜完〜