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店長兼セラピストかすみの暴露 第1話 「インド好きの女」




 午前10時ごろ、日本の空は冬の曇天模様に包まれていた。


 風が冷気とともにまゆの顔に吹き付ける。




 

 空港の外に出ると、人々は白い息を漏らし、風がそれを散らしていく。


 まゆはリムジンバスを待ちながら、かすみという店長兼セラピストの女性に電話をした。



「もしもし、かすみさん、まゆですけど」



 連絡をするのは、実に半年ぶりだ。


 ふたりは同じ年だが、メンズエステ歴はかすみの方が長く、まゆはかすみに敬語で話している。



 もちろん、尊敬の念も込めてだ。



『いま日本に帰って来たの?』



 かすみが見透かすように言った。



「そう、よくわかりましたね」



『インドにいる間は、私がいくら連絡をしても返事すらしてくれないじゃない?』



「すみません。向こうでは、日本との連絡は取らないようにしているので」



 まゆは軽い調子で謝った。



『で、またうちで働く?』



「お願いしたいです。いつから働けますか?」



『多分、今日から大丈夫なはずだけど……』



「じゃあ、今日の午後からお願いします!」



『おっけー。ちょうど、今日は出勤のセラピストが少ないから助かる。確認してまた連絡するね』



「はーい、待ってます」



 まゆは通話を終えた。





 それから、しばらくしてかすみから、『今日13時から大丈夫!』という文言と、施術で使うマンションの住所が添えられたラインが届いた。






 まゆはリムジンバスで都心まで行き、スーツケースを持ったまま、そのマンションに赴いた。


 シャワーで長旅の疲れを洗い流して、ソファで少し仮眠を取ると、客が来る30分前になった。


 そこから、急いで準備をして、再びまゆはセラピストとして働き始めた。








 この日、まゆは13時から21時まで、3人の客を取った。


 ひとりはフリーで入った新規の客であったが、あとのふたりは以前もまゆの施術を何度も受けに来てくれていた常連だった。



「そろそろ、まゆちゃんが戻ってくる時期じゃないかと思って、毎日ホームページをチェックしていたんだ」



 と、そのうちのひとりに言われた。

 まゆは客にインドが大好きで、一年の半分は向こうで過ごしているということは伝えてあった。


 日本に帰国するのは、もっぱらインドでの生活費を稼ぐためである。

 

 まゆという名前も女優の鶴田真由から取った。


 何かいいセラピスト名がないか探しているときに、鶴田真由もインドが好きだということで借名した。






 まゆがインドにはまったのは大学生の時だった。


 夏休みにバックパッカーで、世界一周をした時に足を踏み入れ、インドの空気感や、インド人の考え方がものすごく心に響いた。


 それからはもうインドに行かない人生が考えられなくなるくらいにハマっている。







 仕事が終わってから、かすみが時間があったら一緒に食事をしたいと誘ってきたので、ふたりはよくいく焼肉屋へ行った。



「とりあえず、お帰り。まゆが帰ってくるとお客さんも来てくれるから、めちゃくちゃありがたい」



 かすみが労ってくれた。



「いえ、働けるお店があるお陰です」



「いやいや実際、お店はただの箱でしかないからさ。ファンがついてるセラピストはやっぱ強いよ」



「ありがとうございます。今回も忘れられてない内に帰ってこられたみたいです私」



  まゆは謙遜しつつも、自信に溢れた顔つきで言った。








 食事が一通り運ばれた後、まゆはかすみに問いかけた。



「かすみさんてインド行った事あるんでしたっけ?」



「ううん、行ったことない。てかインドってそんないいの?」



 あまり興味の無さそうに返事をするかすみに、まゆはこほん、と咳払いをひとつして改まった調子で言った。



「あくまでも、わたしの解釈ですけど、インドといのは、ゼロという概念が生まれたところで、プラスマイナスしてゼロになればいいという考え方があるんです。たとえばあの国には観光客からぼったくる露天商とかが多いけど、そのお金の一部を寺院に募金していたりしているですよ」



 まゆはそう説明してから、その考え方をメンズエステに持ち込んでいるとも言った。



「メンズエステは悪いことじゃないけど、グレーな場所。対して上手くないマッサージなのに、結構なお金を取るじゃないですか。だけど、こっちで稼いだ分、インドに行って、現地の貧しい子の助けになれればと思って寄付したりしているんです」



「ふうん、向こうに住みたいとは思わないの?」



 かすみがきいた。



「それはないかな」



 まゆは首を横に振った。



「どうして?」 



「これもゼロの概念で、インドのような不便だけど、神秘的なところで過ごして、その真逆の便利で効率的なところでも暮らす。これでプラマイゼロになるから、ちょうどいいんです」



 まゆはそう持論を立ててから、さらにメンズエステを好きになるのも、インドを好きになるのも仕組みは同じだと言った。



「メンズエステは風俗と違って、裸に近い状態になっているのに、風俗行為は禁止されている。風俗と同じくらいの金を払っているのに、何もさせてくれない。だからこそ、下心を持った男の当たり前、という概念が崩れ去ってしまうじゃないですか。そこにもどかしさを感じつつも、抗っていて、それが心地いいんじゃないかなって」



「まあ、最初からさせてくれるとわかっていれば、冷めちゃう男もいるのかもね」



 かすみは少し面倒くさそうに答えた。


 しかし、まゆは身を乗り出すようにして、続けた。



「たとえば、職業とか地位とか年収とか、色んなことばかり考えすぎて『なにが自分にとって、本当の幸せなんだろう』って考える人もいるでしょ。だけど、自分の生活レベルの水準がかなり高いところにあるから出てくる悩みだと思うんです。 スイッチを押せば電気がつくし、蛇口を捻ればお湯が出てくる。ほとんどの人が働く場所があって、恋愛が出来る。これをインドに行くとすごく思い知らされるの」



「へえ、そうなんだ」



「インドは物質的な幸福よりも、精神的な幸福を見出すことが出来るんです。メンズエステに来る客は風俗の体験もあるはず。でも、風俗ではお金を払って色々なサービスを受けられるけど、どこか虚しい気持ちになってしまうと思うもの。メンズエステの場合はいくら興奮しても建前は風俗行為はしてはいけない。体の気持ちよさよりも心の気持ちよさも求めているから、だから私はそこで働くのはなんか好きだなって思うんです」



 まゆは自分に陶酔するように言った。



「........。でも、何だかんだ言って、まゆもお金が稼げないとメンズエステで働かないでしょ?」
 



 かすみが目を細めてきいた。



「うーん、まあね……」



 まゆは目を逸らして、小さく呟いた。






 それから、急に誤魔化す為にか話題を変えようと、



「そういえば、かすみさんはどうしてメンズエステで働き出したんでしたっけ?」



 と、きいた。



「学費を稼ぐため。前にも言わなかったっけ?」



「あ、そういえば、言っていましたね。でも、忘れちゃったのでもう一度教えてください」



「えー、話したくない」



「どうしてですか?」



「どうしても……」



 かすみの顔が暗くなった。

 続く.....

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