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【SF小説】ぷるぷるパンク - 第14話❶ 物質化

4,731文字9分

●2036/ 06/ 21/ 18:40/ 管理区域内・平泉寺邸・工場内倉庫
 
「え? これに入るんですか?」自分の声が高い天井にこだまする。ヴィジョンゴーグルを被った平泉寺さんが黙って頷いた。
 一年で一番日が長い夏至の日没をちゃんと見届けないまま、ぼくらは暗い地下の倉庫にいた。金木犀の香りに包まれた無機質な空間に、いくつもの立方体のカーボンボックスが並んでいた。一辺は1メートルちょっと。そして、そのうちの一つの箱の天面が自動で開いた。
「三人で?」ぼくは聞き直す。平泉寺さんが黙って頷いた。
 
「この箱は赤外線も通さないから、君たちのコンタクトも役に立たない。真っ暗だよ。いいでしょ。」
 何がいいものか。サウスが好奇心に満ちた瞳を輝かせて箱を覗き込む。
「かなりきつそうだね。じゃんけんしよっか」
 何を悠長なことを言ってはるんですか、さっちゃんさん。
「真っ暗だから口じゃんけんをしようという魂胆ですか? さっちゃん」ぼくが言うと、それを聞いていたノースがふふっと笑った。
「ちがうよ、場所決め。二人と一人が向かい合うとなんとか入れると思うけど、一人側の方が、少し楽でしょ。」
「確かに。じゃあ。」ぼくがそう言ってじゃんけんを始めようと握った拳を上げる前にノースが「じゃんけん、」と言った。
「ぽい」三人の声がずれる。ぼくはタイミングを崩されて、手がうやむやのままそのじゃんけんに臨むことになってしまった。
 サウスがパー。ノースとぼくがグー。何故か参加した平泉寺さんがチョキを出していたけど、彼女の分はノーカウントになった。
「じゃあ、まず九頭竜君から。」平泉寺さんの声が背中を押す。と言ってもポジティブな意味じゃなくて、どちらかというと、尻を叩くというか、残念な方の押し。
 
 背伸びをして、薄いカーボンの板を跨いで越える。そして箱の奥の角に体育座りをした。カーボンは金属のように冷たくて、尻に直にその温度が伝わった。次にサウスがぼくに向かい合う位置に座り、最後にぼくの真横にノースが座った。
 二の腕がノースの腕に密着し、ふくらはぎはサウスの足と密着している。触れ合った身体の部分が、なんていうか、どんどん熱を帯び始める。
 えも言われぬ緊張感に襲われている。心臓がきつく締まるような感覚だ。平泉寺さんが確かめるように三人を覗き込んだ。ぼくらは彼女を見上げた。
「入ったね。蓋が閉まったらすぐに下からPFC溶液が出てくるけど、口に入っても大丈夫だから落ち着いてね。心配しない。」
 三人は黙って頷いた。平泉寺さんが一歩下がって視界から消えると蓋が閉まり、視界の全ての光が消えた。まさしくブラックアウトだ。
 
 ぼくらは今夜、大野琴を、そして世界を守るためにAG-0を襲撃する。
 
●2036/ 06/ 21/ 08:40/ 管理区域内・平泉寺邸
 
 これは、ぼくらがカーボンボックスに入ってAG-0へ向かった夏至の朝のお話だ。前日譚みたいな感じで聞いてもらえるといいと思う。
 
 さて、繰り返すけど、夏至は一年の中で日中の時間が一番長い日だ。
 
 思うんだけど、夏は夏至のこの日から終わり始める。
 なんていうのかな、生きて行くってことは、死んで行くってことだ。人は生まれた瞬間に死に始める。だから、大きな流れの中で生と死は別じゃない。
 何が言いたいかって、今日からは冬至の日までの間、日中の時間が毎日短くなり続ける。大きな意味で冬が始まると同時に夏が終わり始める。大きな流れの中では、今日は夏の最後の日であり、冬の最初に日ってこと。
 だから、何が言いたいかって言うと、小舟を挟んだ双子が、浴衣で仲良く三人並んで縁側に座っている後ろ姿に、ぼくは非常に夏を感じている。
 そして、この瞬間がいつまでも続いて欲しいと思っている。
 同時に、これがいつまでも続かないことも知っている。画像や動画に残しても、この空気は残らない。この空気が生まれた瞬間、この空気は死ぬ。極端に言えば、そう言う類のこと。
 そして、結局何が言いたいのかって言うと、ぼくらが大野琴を見つけ出しアートマンの秘密を暴けば、全てが終わる。ぼくが大野琴と出会った大船の観音像の前で、この話はすでに終わり始めていたということ。終わりを迎え自由になった双子は、この先どうするのだろう。ぼくは双子がぼくの人生から消え去らないと思いたい。
 また、その逆もしかり。
 ぼくらが大野琴と出会えないということ、それが意味するのは、きっと「死」だ。AG-0は武装したア軍によって、守られていた。あの雨の夜の浮島でニアミスした「死」がまた近づいてきているという事だ。
 
 とりあえず、平泉寺さんとすこやか君が作った朝食を頂いた後、10時まではひとまず解散ということになった。それまでの間にごろごろと終わりゆく夏を満喫するのが、ひとまずのぼくの作戦だ。高台の拠点に荷物を取りに行くって案もあったけど、昨日のさっちゃんのこともあったから、まずは体を休めようと三人で話し合って決めたのだ。
 
 ノースと小舟は何を話したのだろうか。昨晩と違って三人の仲がやけにいい。逆にぼく一人がなんか気まずい。だからこそ後ろ姿は気楽でいい。すこやか君が遊ぼうとまとわりついてくるが、適当にいなす。朝起きた時に、隣にぼくが寝ていたのを見つけて、それ以来のなつきっぷりが半端ない。調子のいい男め。
 
「アラシカー!」夏の空気に敷き詰めたような蝉の声の合間に、すっかり元気になったサウスの声が聞こえる。
 縁側のサンダルを引っ掛けて、外に出ると流石に直射日光が暑い。夏至の日差しだ。、一番近くに太陽がいるのだ。
 ぱたぱたと、団扇の風が心地よい。家屋の影になった小道の飛び石を数えながら路地を玄関側に抜ける。田舎の家は路地も広いのだ。
 そんな路地を抜け、砂利が敷き詰められた駐車場に戻ったのは昨晩以来だ。まるで昨日のこととは思えない。雑に停められた平泉寺さんの黒いピックアップトラックがぎらぎらと夏至の日差しを反射している。
 
 敷地の中には狭い畑があって、風に揺れるハーブや、支柱に絡むきゅうりの蔓、黄色いかぼちゃの花や、空へ向けて真っ直ぐに尖ったネギなんかの野菜が、整理された区画の中にミニチュアの森のように育っていた。
 そしてその後ろ、ぼくらが泊まった家屋の隣には住宅部分より背の高いトタン板の建物があった。建物は2メートルほど離れた地面から斜めに突き出た4本の鉄筋に支えられている。地球環が輝く青空の土台みたいに見えるその建物の屋根には、軒先にプラスチックのパイプが渡され、それに開けられたいくつもの穴から弱いシャワーみたいに、水がぼたぼたと滴り続けている。それが足元の苔のむした石垣に跳ねて、建物の周辺はびしょびしょになっていた。
 軒先の滴りと、トタンの壁の狭い空間に浴衣の三人がはしゃいでいる。
「クズリュウ、こっちこっち。」跳ねた水を浴びて髪を濡らしたノースが手招きをした。
 待って、たしか、双子は全裸に浴衣・・・。ぼくと、後ろを付いて来ていたすこやか君は浴衣ではしゃぐ三人から少し離れた位置に直立し、ぽたぽたと滴る水を浴びながら空を見上げた。体に当たって跳ね返る水が気持ちいい。気持ちいいけど、なんか気まずい。絶対に、女子たちを見ることは許されない。なんで、ぼくらはここにいるのだろうか、なあ、すこやかよ。

 
「後で話すつもりだったけど、ここは絹を織る工場なの。今は私が回している。」いつのまにか来ていた平泉寺さんが滴る水の下でぼくらに並んで話し始めた。はたから見ると謎の光景だ。
「このシャワーみたいな水はね、工場の中の湿度を保つための古い技術なの。あなたたちが着ているPFCスーツの生地の原料となる糸と生地ははじつはここで作られて、区域内の別の工場で縫製されているんだよ。」
 
 驚きの事実が、さらっと発表された。PFCスーツ、まさかのメイド・イン・ジャパン。まさかのメイド・バイ・マホロ。
 
「続きは後で、今はちゃんと遊んで。」
 平泉寺さんがそう言うならと、結局ぼくもすこやか君もきゃっきゃ、きゃっきゃと水遊びをした。女子三人の浴衣は透けているだろうから、ぼくは彼女たちを見ないように男の遊びに集中していたけど、それはそれで、楽しかった。
 
 しばらくすると、どこからともなく白い軽トラックが現れて。白髪のベリーショートの老女がすこやか君と小舟を迎えに来たと言って、軽トラックを平泉寺さんの車の隣に停めた。
 彼らは例のマーケットに行くらしい。老女のお店があるとか、どうとか。ぼくらはそれぞれ部屋に戻って濡れた服と浴衣を脱いでPFCスーツに着替えると、彼らを見送るために玄関先に戻った。蝉の声と比例して夏至の太陽は高く、地球環がぎらぎらと輝いていた。
 
 双子のそれぞれとハグをして、耳元で何事かを囁きあった笑顔の小舟は、次にぼくの前に来ると、腕を広げた。少し躊躇とまどってからぼくは小舟を抱きしめる。小さくて、暖かくて、柔らかい。蚊取り線香の香りに混じって、しっとりとした香水のいい匂いがした。
 小舟がもう小学生じゃなくて、大人なんだってことに、ぼくは改めて気がついた。小舟がぼくを強く抱きしめる。ぼくも小舟を強く抱き返した。
 
「荒鹿くん。好きだよ。」不意に投げられた彼女の言葉は、彼女が顔を埋めたままの胸に熱く刺さった。ぼくは彼女を強く抱きしめたまま、動くことができなくなった。
 なんとなく分かっていた小舟の想いだったけど、直接言語化されるとやっぱり動揺してしまう。どう答えるのが正解なのかわからない。
 どうして、ぼくなんかの事が。
 
 ぼくは、生まれてからずっと誰にも必要とされてこなかった。
 姉ちゃんは一人暮らしの寂しさを紛らわせるためにぼくを必要としてくれている時もあったが、大学生になってお酒を飲み始めたり、彼氏ができたりするとそんなこともなくなった。双子にとってのぼくは、憎むべき相手だった最初の頃から考えると想像もつかないほど仲良くなりはしたけれど、この旅の間中ぼくはずっと二人の足手纏いにならないように必死だった。
 双子に出会うまでの人生は、悔しいくらいに世の中から無視されて来た人生だ。ぼくは何も考えずに生きることで、それを気にしないように努めていた。そう意識をしていたわけではないけれど、今はなんとなくそう思う。
 そんなぼくではあるけれど、小舟や双子みたいに、自分で決めた未来に向けて、今は、ささやかだけど、考えて行動しているつもりだ。
 ささやかだけど、一生懸命生きているつもりだ。
 
 涙が出た。自分の意思とは関係なく涙が溢れ出た。
 ありがとう。
 そう言いたかったが、喉が詰まって言葉にすることができなかった。小舟は離れ際にぼくの頬をさすると、隣にいた平泉寺さんと笑顔でハグをした。平泉寺さんが小舟の頭をぽんぽんと撫で付けると、小舟は嬉しそうに平泉寺さんにもう一度抱きついた。
 すこやか君と小舟が重たそうな小舟のバックパックを一緒に軽トラックの荷台に投げ上げ、ベリーショートの老女がエンジンをかけると、二人も荷台によじ登ってそこに乗り込んだ。
「気をつけてね!」小舟が残されたぼくらに向かって叫ぶ。
 あの告白の後も、小舟が普通に振る舞っていたので、逆に拍子抜けだった。すこやか君と小舟の笑顔を乗せた車が見えなくなってしまうと、サウスとノースがにやにやしながら黙って順番にぼくの肩をぽんぽんと叩いて家に入っていった。

つづく


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