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「地図に乗せる夢」

小学生の男の子は地図が大好きでした。
行ったことのない外国の地図は、本当にそこへ、洋々と旅しているような気持ちになりました。
地図を閉じると旅は終わり、日常に戻る時は実際に、長距離を移動したように感じました。

男の子が住んでいる街の地図は、もっともっと素敵な街にできないかと、あれこれ思い描いて、空想が止まりませんでした。

それを、紙に描くのも好きでした。
僕が知っている街を、僕が好きなように書き換える。すぐにスケッチブックでは足りなくなり、模造紙に書いて、それでも足りなくて、

その地図は、家の前に電車が走り、大好きな鉄道模型があるお店や、おじいちゃんおばあちゃんの家の前にも、ちゃんと止まる駅がありました。
足の悪いおばあちゃんのために、優しい運転手さんのいるバスも通りました。
友達に見せて、友達の要望を書き入れて、小さな赤ちゃんのいる友達のお母さんの、そのまた友達の と、どんどん街は変化し、緑が公園が増え、夢の街が、できあがるのです。

それでもいつもの通学路を歩いていると、目の覚めるような案がまた浮かび、描き足しました。

男の子は中学生になったとき、まったく知らない街の地図を描いてみようと思いました。

電車に乗って1時間ほど行くと、知らない、都会の街がありました。
降りてみました。街の地図を頭に入れて、ここから先は、僕が自由に描き足す。

ところが、駅を出て、大通りを歩いても、いつものように人を見て、もっとこうなら と、思い浮かべることができません。
今までに味わったことのない喧騒で、心がいっぱいになりました。
静かな所へ行こうと、住宅地へ向かいました。そこではいつものようにできると思いましたが、都会の住宅街は、男の子の住んでいる街と、違って見えました。
どの家の扉も固く閉じ、人々は足早でした。
その日は一日歩いても何も描けず、帰路につきました。

帰ったとき、男の子はいつものように、大好きな住んでいる街の地図を、開きたいとは思えませんでした。
数日経っても、どの地図を見ることもできませんでした。

とうとう男の子は思い切って、また同じ街へ出かけました。
前に来たのと同じ住宅街を、一日歩きました。それでもどこにも、男の子に手を加えられるのを待っているような場所は、ないように見えました。
最初よりちっぽけな気持ちになって帰ろうとすると、手荷物を持ったおじいさんが、道路を渡ろうとして渡れないでいるのに出会いました。男の子は迷いましたが、勇気を出して、おじいさんに話しかけました。
そうすると、横断歩道はずっと先で、おじいさんがそこまで歩くのは大変なことが分かりました。
男の子は荷物を持っておじいさんと道を渡りながら、この街の地図に、新しい横断歩道を描き足しました。
おじいさんの家まで行く途中に、書き換えられるのを待っているような場所が、他にも目に留まりました。

おじいさんにさよならをして、駅に向かっていると、街に、表情はちゃんとあることがわかりました。
車窓から街を眺めていたら、きっとここにも、もっとこんなだったらいいのにと思いながら暮らしている人がたくさんいると、容易に思えてきました。
またすぐに来ようと思いました。

数ヶ月後、男の子の頭の中には、完成することはない夢の地図が、すっかりでき上がっていました。

読んで下さり、ありがとうございました。
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