どうも

どうも、ゴリラです。このたび、雑記のようなものをはじめようと思い立ちました。タイトルは『いつか野生に帰るまで(仮)』

「却下」

隣に座る彼女はいつもと変わらぬ落ち着いた声で短くそう言った。

ソーシャルディスタンスという言葉が根付いて久しい。
私たちは四人がけのテーブルに隣り合わせで座り、朝食を食べていた。
コーヒー一杯の値段にトーストとたまごがつくことが当たり前の文化のなかで生きてきた身にとって、朝から千円以上を飲食代に使うというのはなかなかの贅沢だ。
彼女の前には鳥ハムの入ったクロックマダムが、私の前にはキッシュとおしゃれな野菜サラダがワンプレートにのせられて、いや飾られている。
かってのように向かい合って座っていたらきっと一切れずつ分け合っていただろうなと思いながら私はつぶやいた。

「ダメかなあ」

「ダメですね」

年下であることを理由に彼女は今でも敬語を使う。だがその内容は時として辛辣でもある。

「まず、第一に全く意味がわかりません。挨拶の体をなしていないじゃないですか。なんですか、ゴリラって」

「いやさ、なんか新しい一人称的な?英語だと全部Iで済ませちゃうけど日本語なら無限に可能性があると思って」

「可能性云々の前にはっきり言います。あなたにゴリラの要素はひとつもありません」

それに関しては実は他の友人にも言われてた。その友人はたまーに書く私の雑記が大好きだと、もっと書いてくれと言ってくれる奇特な人だ。だから何か私が雑記的なことを始めようと思うと伝えたとき諸手を挙げて賛成してくれた。
だが、最後の一文に少し気になることが書いてあった。

『どうしても類人猿を名乗りたければせめてニホンザルにしてください』

「どうもニホンザルです」

「長いです」

「どうもウサギです」

「顔は一番似ています」

「どうもコアラで……いや、これは芸人さんにいたからダメだな。じゃあ、どうもハシビロコウです」

「すでに哺乳類ですらなくなってます」

互いにメインディッシュを食べ終わり、私たちはコーヒーを飲んでいた。
こっちがおまけのモーニングなんてやっぱりヘンだな、と思っているのが自分ひとりだけでなければいいのにな、と思いながら彼女の方を見た。

「ひなたさん」

はい

「ひなたさんはひなたさんって名乗ればいいんですよ」

「そうだね」

「そうです」

ほぼ同じタイミングでコーヒーについていたビスケットに手をかけた。
つけあわせは豆菓子やピーナッツじゃないんだ。
そんなことを頭の片隅に置きながら、彼女とタイトル名の話をした。

字画の多い漢字を苦手とし、個人サークル名『RunningEgg』を『走卵』と訳した経緯を伝えると、では駆けるという文字は使わずに名残を残しましょうかと彼女は言った。

「『×卵通信』ってどうですかね。駆けると書けるを意味する掛けるってことで。読み方は『カケタマツウシン』」


どうも、ひなたです。このたび、雑記のようなものをはじめようと思い立ちました。タイトルは『×卵通信』と申します。以後お見知りおきを。


「いいですね」

食べ終わった彼女はとっくにマスクをつけていたが、その下では微笑んでいてくれたように思った。


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