歌詞考察 イノセンス編
お久しぶりです。noteという存在をすっぽり忘れておりました、ぷりんです。
夏が過ぎ去り秋の風を感じる季節となりました。あんなに暑かったのに切り替えが早すぎて、めちゃくちゃアタックしてきたのに急に冷たくなる人みたいでモヤモヤしちゃうわね、
そんな秋とは真逆(?)の春の歌、イノセンスの歌詞考察を今回はつらつらと書いていこうと思う。
1.イノセンス
まず、イノセンスを辞書で引いてみると、
と出てくる。
そしてこのタイトルについて、参考書(eggmanのインタビュー)において
と片岡健太は話している。
sumikaの世界において片岡健太の言うことは全て正しい!絶対王政!!!なので、つまりそういうことだ。
(雑)
2.歌詞解釈
カルチャーショッカーやAmber同様、この歌も時系列に沿って物語が進んでいく模様なので順序を追って解釈を書いていく。
日本には、「一寸先は闇」ということわざがある。このことわざは、将来は、ほんの少し先のことでも何が起こるか、まったくわからないことのたとえだ。
つまり、
恋人という関係性は一寸先も分からないことが多いが、君が無邪気で素直なおかげで、疑うことなく毎日を過ごすことができている。
彼女が無邪気で素直でわかりやすい性格だという前提条件がここで示されている。
王の言う通り、春の始まりの今日=エイプリルフール。
無邪気で無垢な君を騙してからかってやろうという遊びを主人公くんは思い付いた。多分この嘘はエイプリルフールだからこそ許される「別れよう」というジョークなのであろう。
僕より先に君が「別れよう」と告げた。
でも今日はエイプリルフール。それが嘘なのか本当なのか分からない。
ここで出てくる2つの色について自分なりの解釈を進める。
まず、グレーについて
グレーは黒と白の中間色だ。
先程、"一寸先は闇"ということわざの話をした。君のおかげで"一寸先でも光"の毎日を過ごしていた主人公くんは一気に"一寸先は闇"の世界に引きずり込まれてしまった。
つまり、光と闇の間に迷い込む(白+黒=グレー)になったのではないだろうか。
次に、赤緑した言葉について。
赤と緑というのは、対極にある色。つまり補色だ。
ならば、"いつもの赤緑した言葉"という歌詞は、無邪気で無垢な君という前提条件から考えると、感情の裏表が読み取りやすい、白黒はっきりしててわかりやすいというように読み取れるのではないだろうか。
いつもの表裏かわかりやすい言葉となんか違ってた。
君の「別れよう」という言葉が、本心であり、本当であることを主人公くんは内心気づいている。
しかしながらエイプリルフールという環境に甘えてそれを受け入れることを拒んで錯乱しているのであろう。
(エイプリルフールだからって)本当のように言っている言葉が、(実は)本当のようでチクチク痛いよ
ガラスは脆い。すぐに割れてしまう。ガラスがすぐ割れてしまうように嘘はすぐバレてしまう。しかしながら彼女の言葉は、固くて本当だった。
今日(エイプリルフール)を終わりにして、明日またリセットしたら嘘が本当になって本当が嘘になる。そうすれば、君とまた一緒にいられる。
エイプリルフールだからこそ、君が告げた「別れよう」は本当⇨エイプリルフールにも負けない無垢さ(イノセンス)
そして、告げた僕の「また会いましょう」はエイプリルフール特別仕様で嘘となり、別れを告げる挨拶となった。
なんて粋なカップルなんだ、、、、
3.まとめ
自分で書いておきながら、嘘と本当のゲシュタルト崩壊しそうになった。
通常ならば嘘に対して本当を求めるものだが、エイプリルフールというイレギュラーな環境だからこそ本当に対して嘘を求めてしまうという異質な状況ができてしまったのがこの歌詞の粋ところだ。
しかしながら、『エイプリルフールを利用して別れようと告げるのは、無邪気以前に相手の出方次第で嘘だよ!!とも動けるし本当に別れてほしい!!とも動けるし、戦略だよな、計算高えーーー』って私の中のクソリプおばさんがゴニョゴニョ言ってるのはまあ置いておきましょう。
エイプリルフールにおいては何が真実とは限らない…何が本当で何が嘘か、、、コンフィデンスマンの世界へようこそ!!!!
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