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白いおともだち【おとなのためのSFファンタジー #11】
ようこそ!
こちらは「おとなのための、創作小説」です。
ほんのひととき、
ちょっぴり不思議な世界を
お楽しみください。
今回のおはなしは
『白いおともだち』
です。
では、いってらっしゃいませ。
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白いおともだち
流行り病に罹患して数日。体温がぐんぐん上がっていく。舌下の体温計がピピッと鳴って示した数字は40℃近かった。たぶん、この前参加した忘年会でうつったんだ。数年ぶりの開催だった、会社の飲み会。わが社は世間では珍しく円満な人間関係を築いている組織だ。仕事納めでもあったのでほんの少しはしゃいだけれど、大きく羽目をはずすこともなく、美味しい料理とワイン、同僚とのおしゃべりを心ゆくまで楽しんだ。「もうこんな時間?」と、その場を離れるのが名残惜しいなんて、それも数年ぶりに味わった感情だった。帰り道のイルミネーションがぼやけて見えたのは、酔っていたせいだと思っていた。気温の割にはとても寒く、思えばその辺りから発熱は始まっていたのかもしれない。
そういうわけで、年末年始はベッドに伏して過ごさなければならなかった。カウントダウンイベントにも参加できず、初詣にも向かえない。実家に帰らずに済む、適切な言い訳ができたことだけが救いだった。傷ついた過去の出来事が胸に去来する。できることなら足を踏み入れたくない故郷。19歳で別の町へと単身越していった日までのことが、とてもとても遠い昔のことのように感じられた。
心が昔へと完全に引き戻されるのを、阻止してくれるものがあった。手のひらに収まるほどのガジェットだ。友人からの動画入りメッセージをしきりに伝えてくれる。冬空に打ちあがる花火、港に鳴り響く汽笛、神社へと続く人いきれの中、笑うみんなの声…。現状の自分に苛立ちを覚えつつ、メッセージを読んでいるうちに高熱で意識が朦朧としてきた。ああ、薬を飲まなきゃ…。枕元に手を伸ばし、白く大きな錠剤を口に放り込んだ。水を飲み下すとき喉に強い痛みを感じ、寒気も相俟って背中がぶるぶると震えた。そしていつの間にか、ガジェットが左手から転げていくのも分からず、眠りに落ちていった…。
***** ***** *****
しばらくして、わたしは夢の中に自分の存在を確認した。現実と同様、冬であった。雪原の中に立っていて、とにかく寒い。見渡す限り銀世界で、目印になるであろうはずの建物も、樹木も、何もなかった。ただ一面が白い世界で覆われていた。方向感覚は失われ、なぜ自分がそこにいるのかも分からなかった。しかし、足元の感覚と衣服に舞い降りた雪の結晶が、かろうじて自分の現状を教えてくれていた。
おそらく、いまは昼だ。薄曇りの空に、輪郭を失ったレモンイエローのおひさまが弱々しく光を発している。ふわふわと白く冷たい雪の花が、銀世界をさらに拡大していく。わたしの頭や肩にも、小さな雪原が出来ていった。ふと左腕を上げると、紺色のコートの袖から、ベージュ色のミトンが見えた。
「あれ、このミトン…わたしが小学生の頃に、お気に入りだったのと似てる」
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