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貝殻の世界【おとなのためのSFファンタジー #8】

ようこそ!
こちらは「おとなのための、創作小説」です。
ほんのひととき、
ちょっぴり不思議な世界を
お楽しみください。

今回のおはなしは
『貝殻の世界』
です。

では、いってらっしゃいませ。

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貝殻の世界


 ここに迷い込んでしまうなんて。

 海岸で見知らぬ男からもらった、こげ茶色のまだら模様をした貝殻は、砂を吸い込み、流木を飲みこみ、すべてのものをその中にどんどんと放り込んでいく。涼しい顔をして容赦なくあらゆるものを収集していく。そんな性質を持つ魔物のような貝殻だ。
 ぼくもついに飲みこまれた。最後まで頑張っていたのに、謎の吸引力を持つ貝殻には勝てなかった。

 ふと気が付くと、しんとした空気が周りに満ちているのが分かった。貝殻の中の世界は冷たさが勝(まさ)っていて、薄着では寒いくらいだ。じっとしているとどんどん体が冷えてくる。仕方なしにぼくは歩き始めた。当て所もなく。だって、貝殻の中はどうなっているのかなんて、およそ見当もつかないのだから。

 ぼくが歩くと、刃物が紙面を滑るように静寂が切り開かれていくのだろうか。全くの無音だと思っていた世界に、少しずつ鳥の声や木々のざわめきが点灯してきた。一歩、また一歩進んでいくと、今度は嗅覚のスイッチが押されていく。草を踏んだ時の青臭い香り、土を構成する微量な金属のにおい、風が運んでくる太陽のにおい…。

 太陽?いや、貝殻の外の世界に太陽はあるはずだ。そうでなければ、貝殻を這い出たとき、その世界は暗黒だ。月や星がその代わりになるとは思えない。しかし緊急事態のときは、月や星が総出で外の世界を照らすようになるのだろうか?

 まあいい。いずれにしても、しばらくはこの世界にいなければならない。貝殻の中の世界だ。人間の手のひらにちょこんと乗る程度の貝殻だというのに、その内部は果てしなく広い。次元が折りたたまれているかのように、あるいは時間さえも味方にして、広さは推し量ることのできない限りを尽くしているようだ。

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