たかしくん、やらかす
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アルファテストは重大な示唆をしてくれた。勇者という存在は《《自己増殖》》する--外道も確かに伝染するが、究極的には良心というものが誰の心の中にも僅かながら存在し、正しい行為や美しいもの、素晴らしいものに触れて「ストッパーが外れた」状態に陥ると《《際限なく善意が暴走する》》のだ。
たかしくんは今、上級神である。世界創造を行った身として、信じるに足る人間の善性の存在は喜ばしい事ではある。しかし彼は同時に魔族や世界全てを愛し、そしてそこで繰り広げられる全ての営みを心から愛している。《《善性の暴走》》で魔王や困難がゴミのようにすっ飛ばされてしまうのはゲームとしては宜しくない。散々魔王側有利に設定したつもりなのに、根性無しどもは直ぐにヘタれてしまった。《《くっ殺女騎士よりチョロい》》と言わざるを得ない。
抜本的な改革が必要だ。夏前にマジック点灯する野球は盛り上がらない。盆には優勝決定とかその後どうするつもりなのか?
「邪神の気持ちが分かるようになるとは思わなかったでござる……」
「やって分かる辛さ悲しさ。邪神もさ、根性足りない甘ったれ抱えて苦労してんだね……」
「基本、悪に転ぶ連中って魂がアレですもんね。すぐ怠けるから管理大変だと思うですよ」
「天秤班としては難しいところでござるな。魂が爆発すると勇者側圧勝、不発なら魔王側圧勝。膠着が演出出来ない」
「女神式の動的調整というのもある意味合理的だったかも知れませんなぁ、たかし殿……」
「動的調整……いや、状況に逐次介入するのはエレガントではない。天秤班はルールは作るが状況には手を触れずに「プレイヤーに任せる」のがポリシーだ。世界は我々《かみがみ》のものではなく彼らに捧げられた物だよ。
一旦整合は無視してバランスだけに注目してみよう。魔王や勇者の補正は《《相手側勢力に比例する》》としてはどうか?」
「魔王側勢力が優勢な方が勇者の力が強くなる? システムとして均衡を保つにはいいかも知れませんが、そのシステム自体が邪悪な意図というか混沌の発想であるような?」
「システム的に争いを長期化する姿勢が出てると彼らに気付かれた時、なんか取り返しが付かない気がしますゾ」
「そうだなぁ。これがバレると両陣営から天秤班が狙われるオチになりかねん。ある意味究極の悪よなぁ」
「争いが人類を進化させるのだー、みたいな?」
「悪の大ボスに相応しい。実際大ボスやってみたらどうだろう? エンジェルNo.6」
「俺を番号で呼ぶな!w
いや待て、プリズナーって確か遣り合うのは「毎回異なるNo.2」で、バックにNo.1居たよなぁ?」
「魔王は毎回毎回倒されて入れ替わるが、その背後に真の敵が存在する……」
「勇者も魔王も何故か、若しくは必然として争い続けるが、その背後には世界法則すら左右する強大な存在が……イケるやん!」
「俺らがそうしたのではなく、真の黒幕がその様に世界を改変した。良いでござるな!」
「the one…いや、席次だから1st?」
「1と言えばホームラン王。背番号一番ファースト!」
「一なる王……ファースト・キング……Theone? ジオーネ?」
「よし、たかしくんの名の下にジオーネ計画を発案する!」
ジオーネ計画 仕様書(ドラフト版)
各勢力は現存「敵」勢力人口に基き、0〜20の《《勇魔補正値》》(仮称)を得る。この補正値はあらゆる判定時の乱数の最低値として用いられ、例えば命中判定補正20のキャラクター(乱数1d20を加えて命中値21〜40)が勇魔補正値10を持つ場合、1d20の判定を行った際に1〜9の出目が出ても全て10であったと数値変換される。結果、命中値は補正後の値として30〜40に底上げされる。
この機能は一つの王たる混沌の主、ジオーネの存在により自動的に発生し、ジオーネは任意の存在を魔王として認定する事ができる。そして魔王に付与される力は勇者側人民(つまり、人間を主とする対魔王勢力)に起因するエネルギーである為、魔王が対抗勢力を減衰させればさせるほど補正能力は弱まる。このシステム概要は魔王認定時に明かされる。
魔王により魔族人口が増加すると、一定値に達した段階で人類は勇者を設定する事が出来る。ただし勇者は10000人以上かつ地上で最も信望を集めた存在でなければならない。架空の存在である、又は死者である場合は勇者は誕生しない。(勇者が死亡した場合は次席となる有名人が次の勇者になる)また、勇者には本システムの情報は開示されない。
「多少は手直しするけど、初期案としてこんな感じでいいかな?」
「現状ではユギニアには魔王いませんが(たかしくんがデリった)、魔族勢力少ないんでかなり補正付きそうですね」
「たまーに前の設定で自然発生する程度……まぁ人類の脅威にならん程度だから補正値20で構わんかな? 最初期だと魔王のレベルも低いから魔物量産して経験値稼ぎしないといかんし、いきなり倒されても敵わんから城の奥地で引き篭もりか。引き籠りについては一家言ある連中多いから困りゃしないだろう」
「馬鹿じゃなければ魔族の頭数揃えてから侵攻すると思いますが、もし馬鹿が少数による電撃戦を仕掛けた場合は?」
「ジオーネがまた別の魔王を選ぶんだろうね。奴には情報開示権限渡すんだから、馬鹿を教育はすると思うよ」
「設定熟知すると魔族を量産して経験値貯めた魔王がレベルカンスト後に魔族をワザと減らして勇者側補正値を低下させ、断首作戦するのが最善手のような気がするでござる」
「うん、多分それやって人間側を支配統治するのが最善手かもしれないね。ただ、転生組は魔族側が多いんで魔王を裏切ったりする奴出るんじゃないかなぁ?」
「魔王側の構造的な脆弱さが出まくる気もするンゴ。これだけお膳立てしても不安が残るってどうなんスかね……」
「天秤班としても微妙よな。レオニダスさん持ち出すまでも無いかなぁ?」
ベータテストはアルファテスト環境を初期化して実施された。相変わらずYAZAWAは猛威を奮ったがYAZAWA無しでも有りでも、ジオーネによる補正でかなりの長期間戦力膠着状態を維持、β3で遂に魔王側の勝利が確定した。
「まだ勇者優位は変わらんけど、膠着から勇者制圧が可能という検証自体は出来たな!」
「一回どっちかが勝ったらプロテクト解除して仕切り直します?」
「2年ぐらいは浮かれててもいいんじゃないかな。天秤班はどちらにも与しない厳格な裁定の神でありたいね」
「じゃあワールドプロテクト解除は700日後にするでござる。デバッグコードも閉じて大丈夫でござるか?」
「直接介入は絶対無しだ。会議室の連中解放した時にそれでイジられるのは避けたい。ワールドフォース側のハンドアウト機能でアドバイス程度に留めるべきだね」
「インストーラーパッケージ作るンゴ!」
「ウィルスチェック忘れないでねー」
「インストール前に本番環境《ユギニアサーバー》の検証よろしくー」
「YAZAWAのローカルゴッド化どうします? 母音抜いてYZWと言う忘れられた神設定起こしてありますが……」
「ジオーネに対抗する神扱いでもいいかもなぁ。誰か手ぇ空いてるー?」
「YAZAWAはマストでは。実装しないのは僕はいいけど、YAZAWAはなんていうかな?」
「サーバーアップの後で差分配布で良くないですか? やるなら作り込むンゴ!」
「一段落着いたら暇だしねー」
「じゃあ、システムアップデート先行で1週間程度様子見て、シナリオとかは差分配布って線でー」
「古代神、魂を揺さぶるものYZWのプロット、01_logosに後でアップするから、手伝ってくれるイケメンはしっかり読んでねー」
§ システムバージョン2.0 修正告知 §
・数値のインフレーションが修正されます。ステータスキャップは255、判定用補助値は510までに下方修正されます。
・魔王と勇者に対する特殊補正が追加されます。魔王側は上長から説明を受けることができます。
・古代の神が2柱発見されます。詳細は差分配布までお待ち下さい。
・突然ですが女神ファミアは《《退職》》しました。
・予定していた魔王ガデスイベントは中止になりました。
・サーバーアップデートの為のシステムメンテナンスを実施します。これは毎朝の定時メンテナンスと同時に開始され、実施中はサーバーアクセスは可能ですが日蝕イベントとなりますので外出はお控え下さい。
・ステータスインフレーションシステムは廃止されます。
・クリティカルとファンブルの効能は縮小されます。発生確率は向上します。
・魔物産出素材のドロップ率が向上します。
・ネームドアイテムの追加があります。
・システムの安定性が向上します。
・チート対策が強化されます。
・キャンペーンシナリオが新たに開始されます。
「かなり改変しましたなぁ」
「見通しの良いシステムになったでござる」
「大体ゲームの途中でルール改変とかそりゃもうゲームじゃないでしょ。ルールは厳格適用してなんぼですわ!」
「たかし殿ばんじゃーい!」
「天秤班バンザーイ!」
浮かれまくる天秤班の彼らは、ユギニアを覆う暗雲に気付いていなかった。何をどうしたらナニがどの様にかわるのか。それは実のところ神にもわからないのである。それ故に古から神々は時として悩み、喜び、落胆してきた。新しき神であるたかしくんについても、それは例外ではなかった。
「死なさないとファイル移動出来ないっていつの時代だよ……」
「面目ない、たかし殿。エンジェル総出で具申はしたんでござるが……」
旧ユギニアシステムでは、現世地球で動作中の魂はアクセス権限その他の関係でファイル転送する事が出来なかった。結果、神々は、トラックや過労死、事故死を用意して生きている人間の人生《プロセス》を強制終了し、ファイルアクセス権限を取得して異世界へ移動させていた。たかしくんが過労死したのも、故・女神ファミアの仕業であった。
非常識《ナンセンス》である。パトラッシュでさえシャドウコピーで使用中のファイルでもコピーが可能だというのに……たかしくんは殺された事よりも神々のIT音痴具合に怒っていた。
「少子化傾向今以上に進んだら困るっちゅーねん!」
「たかし殿のおかげで死なせずに魂をサンプリング出来る様になったのは僥倖ですなぁ」
「あいつら最新テクノロジー懐疑が酷いんでござる。出来るっちゅーの!」
「なぁにが『事故が起きてからでは遅い』だ。事故はお前らの存在そのものだよ!」
「まぁいい、仕事しよ。各人手分けして魂の精査、02_ethosにフォルダ作ったから、コンバート後に評価点添えてキャラデータ放り込んどいて」
「現世から移動組はデーモンで粗選別するので、たかし殿は既存キャラチェックお願いしまーす!」
「めぼしいの、居る?」
「ガッチャンがアレですな。前の女神のお気に入り」
「戦技《フィート》どーすべ? 火の鳥取り上げたら残念キャラかなぁ」
「バランス的には排除したいとこですけどねー。でもそれやるなら神技《アーティ》関係全廃じゃないかなー?」
「一応2.0準拠で弱体化してるし、前に比べたらかなり弱体化してるからいーかな?」
「勇魔システムだと複数勇者は補正がバラけますし、そもそも連中の実態は民衆から見えないから補正入らないんでは?」
「あー、無効票になっちゃうか。それもナンだなぁ」
「魔物側、いい根性してますな。またポートスキャン来てますわ」
「なんで魔族側アクセス出来るんよ?」
「ルシフェルとか元こちら側ですからな。恒常的にこっちから権能引き出してチートしてたみたいです」
「パトラッシュの中のデーモン移植した奴のログある?」
「平均3回アタックで焼けてますな」
「ぅぉ、楽する為には努力惜しまない系?」
「中級を踏み台にしてんでしょうな。悪魔汚い流石に汚い」
「トレースしてチーターは魔王候補から外してなー。どっかにトレース用のツールあったっしょー?」
「ありゃリデ公に対策取られてます」
「魔物=サン組、実は女神より手強い?」
「デーモンだけにITとは親和性が高いですなぁw」
「上手いこと言ったつもりかwww」
「んー。困ったちゃん対策でガッチャン温存するか。レオさん出てきたら一蹴してくれるとは思うけど、念の為」
「名声評価システムの基準緩めますねー」
「本番環境《ユギニアサーバー》での仮試験してデータcsvで投げてー」
「勇者候補が……さ……3人……」
「既存側だと、とりあえず今7人抽出」
「魔王候補3桁突入!」
「ガッチャンやはり残さんといかんですな」
「ミチヒロも送っとこうか」
その頃、霧のたちこむ森の奥深く。
一見何の変哲もない古びた館の中で、ある儀式が行われていた。
「魔王が消されるとは前代未聞、早く力を……」
魔力を細く鋭く絞り、天界の門のイセリアル的所在地に空いている筈の孔《ポート》を虱潰しに調査《スキャン》する魔族の影。
「い…犬がぁ! 犬がぁ!」
わん! わん! わん!
中級魔族の脳内に可愛いワンちゃんの声が三度鳴り響くと魔族の息の根が止まる。3日3晩儀式は続けられていたが、聖犬《パトラッシュ》の声はチーターを……いや、用心深く変わり身を用意したチーターの《《下僕》》を悉く焼き尽くしていた。
プロテクトが硬い、硬すぎる。孔《ポート》を開放しまくっていたあの女神にこれ程の攻性結界構築能力があるとは思えない。やはり何か異変が……
魔人アリスリデは次の牲《にえ》を召喚すると、プロクシ化の呪法ではなく人化の呪法で姿と魂を作り上げ、情報収集から始める事にした。教会に忍ばせ人間側のハンドアウトから情報を抜くか、直接傍受回路を仕込むか……やり方をソーシャルハック方向に切り替えよう。彼のステータスもあの日から数十分の一に低下している。このままでは他の魔族にも首を取られてしまう……
幾重にも張り巡らせた防御結果《ファイアウォール》の中、蝋人形と化した生贄達を睥睨する目には焦りが浮かんでいる。アリスリデだけではない、黒渓谷《ダークキャニオン》の九龍、ゲース教団などの亀裂を作るものが挙って突破を試みていたが、システムが全くと言って良いほど改築された為に攻めあぐねていた。
混乱は人間にも魔王側にも等しく混乱を巻き起こし続けていたのだ。
アリスリデを始めとする力あるものは果敢に新しいシステムに攻撃を仕掛けていたが、有力魔族の開いた亀裂《クラック》を利用するだけのもの、技術も機転も無く、そこにある亀裂からただただ甘美な血のみをすすって権能を得ていた中級以下の魔族に関しては、上位魔族の世界システム解析の牲にされるわ冒険者に容易く狩られるわで瞬く間に数を減らしていった。
「昔、01_logosのアクセス権要求した勇者がいましてな……」
「やっぱ、開発コードぶっこ抜かれてたか」
「奴らも世界法則完全に把握してたでしょうなぁ。アリスリデとかワールドアナウンスとか使ってましたし」
「しかしご案じ召されるなたかし殿、ver.2系統は閉鎖ネットワーク内で基本構造から完全新作。○ネージュとリネージ○2ぐらい別物にござる」
「分かりやすいんだか難いんだか分からん比喩だな、分かるけど」
「ルシフェル事件が再来するとか、パトラッシュの様なアクセス権を持った端末が下界に落ちない限り……まぁ即日バレはありますまい」
「端末からやられたことは?」
エンジェル達が一斉に顔を逸らす。
「やめれっ--とは言ったンゴ」
「データベース直結はいけませんとも」
「面倒だから本人たちにやらせたいとか信じ難い愚行」
「セキュリティ意識というものは、微塵もありませなんだな」
「強行されたんだな?」
ある程度以上の設定操作が可能なネットワーク端末はツールになる。こちらの「門」の情報や設定は筒抜けだったのだろう。やはりリテラシー教育は必須だ。
「今後は逐次介入もしない訳だし、ポート閉じちゃえば見つかって侵入される可能性自体はかなり減るよね」
「こちらからアクセス出来なければあちらからもアクセス出来ない。閉鎖環境化でチートは激減。大丈夫でござろう」
そして、アップデート当日。
file download 20/20 ...done
Libra.dat 25,456,440 KB ... done
hash check ... ok
unpacked l_subsys.dll ... done
unpacked stacv.dll ... done
.... reboot uginia_connect_cha ......done
start status_convert ...... done
unpacked lg_yzw.dat ... done
yzw.dll
yzw.da_
yzw.sy_
nariag.txt
rrtn.dat
r_view.sys
rokrol.sys
ok baby, rockn' roll tonight!
uginia system version 2.0.3 loaded.
同時刻。山に近い街にて。
冒険者に差し出された杯を受け取ろうとした際にフェルミは軽い目眩を感じた。何気なく差し出された杯は急に緩やかな動きに転じ、フェルミが差し出そうとした手が杯を通過した様な……実際にはフェルミの手は意識した場所から遥か手前をノロノロと移動している……気持ち悪い景色を見た。
意識していた、フェルミが予期していた手は目の前の物質を透過していた。慌てて《《意識の》》手を引っ込めて実際の手に重ねると、手と杯はいつも通りに動き出す。自分の身体がこの世界から放り出された様な、同期がズレた、リズムが狂った、幽体離脱した……何《いずれ》の表現も今一つしっくりこない。言葉を扱わせたらそれなりの高みに居ると自負するフェルミにとって不可思議極まる経験だった。
左手のブレスレットに仕込まれた魔力が呼び出しを発していた。フェルミは杯を煽るとトイレに向かった。
緊急呼集だった。大ブリターニャ・ファミア神殿エミア南部司教の下へ大至急。前回の預言からまだ3年しか経過してない……早過ぎる……あと2年は余裕があった筈だ!
フェルミは天を仰ぎ弟子を思う。
これは大鴉ではなくコンドルの責務。国一等の諜報機関にして実働部隊であるGの仕事を気取られてはいけない。彼はただの吟遊詩人として生きていくのだ。私の様になるべきではない。まだ教えたいことは山ほどあった。弟子を取ってからの平和で満ち足りた日々のなんと素晴らしかったことか!
しかし、行かねばならない。幾千幾万もの人々の幸せの灯りを守り続ける為に。力あるものの責務を果たそう。愛しの若鳥よ、突然だがその時が来た。時至らば立ち、風来たらば飛べ! そして縁あらば、また会おう!
フェルミは足早に宿屋に向かうと大急ぎで支度を済ませ、愛馬を引き出し夜の荒野を駆け出した。
「行け! 吟遊詩人!」
掛け声で愛馬は偽装を解き、漆黒の夢馬に戻って首都、大ブリターニャへ加速した。
大ブリターニャのファミア神殿教区は東西南北に分割され、それぞれに1名ずつの司教が置かれている。しかし首都ブリターニャはすぐ南に港町があるだけで教区としては大変に狭い。故に閑職と外部から目されているが、実は最大権力を誇る教会の剣として、諜報と実働を担うGセクションを擁している。対魔物に関してはほぼ唯一の機関だ。
「……魔王ガデスが消滅した? 何故?」
「詳細は調査中だが、肝心の女神との連絡も途絶している……巫女によれば他の大神とも連絡が取れないらしい」
「中央の連中は何をしてるんだ!」
「落ち着いてイーグル、スワロウが確認に向かってるわ」
「南部司教、宣託は?」
「先ほど大量の通信があったが一方的な通告の様な……こちらの問いかけに対する返答もない。そこで女神の消失と、ガデスは《《中止》》、古の神の復活が示唆されている」
「皆、何なんだこれはッ!」
「副長!」
「コンドル、待ってたぞ!」
「教会の中をひっくり返したかの如きだな……3日前の夜に妙な感覚があったが、何だありゃあ?」
「能力照見《ステータス確認》を試してみたまえ」
「……なん……だと……」
「やはりか……コンドルも……」
「十分の一……イーグル、お前もか!」
「女神の恩寵が消えただけかと思ったんだが、魔物の力も消失してる」
「現在冒険者ギルドにも依頼を出してサンプリングしているが、全てにおいて……つまり世界そのものの《《力の範囲》》が強制的に圧縮されている様にも思える」
「こんな状態で魔王が復活したらどうなるッ!」
「火の鳥や竜巻奏法でも……」
「コンドルの兄さんも来たなら揃ったね、運命の神との交信が部分的に回復。神々は今《《かいぎ》》の室《むろ》に閉じ込められてるって……」
「かいぎ? 懐疑?」
「旧神ヴァ=ガボンの復活?」
「いや、ヴァ=ガボンはどちらかと言えば自己規定の神だ、《《これで良い》》の言葉には懐疑は無い」
「昨日神殿書庫で見つかった聖マグヌス断章にYZWと言う神性について書かれた章があるらしいが、解析《解凍処理》がまだ進んでいない……まさか……未知の旧神」
たかしくんが裁きの鉄槌を下すまでは女神ファミアと直接連絡が取れていたのだが、今やそのルートは完全に沈黙した。神殿の混乱は暫く止みそうにない。
王都ブリターニャ宮殿内では大混乱が起きていた。先ずは異変と時を経ずして起きた王の死。病気がちな王であったが死因は寿命と判断された。たかしくんは結局ステータスの何かがゼロになった際は天寿として死亡、という処理を選択したらしい。
中央集権絶対王政を敷いていて、盤石の王権継承体制があるブリターニャ。すぐに次代の王の戴冠を行うのだが…次代の王はかなり変わっていた。
ある英雄の魂を上書きした彼は、王族であり王位継承権第一位でありながら変質的とも言えるほど心身を鍛え上げていた。6つになると供回の同年代の五人の少年を選別し、彼らにも過酷と言う言葉が生温く感じられる程度の《《自身と同じ》》訓練を課した。ただ単に他人を扱《しご》くのであればサディスティックな性癖と取られるであろうが、その実一番自分を追い込んでいたのは王子であった。これをもって王宮内の人々は「勇猛なる次王」への期待を高めるのだが……用兵や諸学、帝王学への造詣も深く、供回の者への愛情もある。しかし……
「惰弱に過ぎる」
いつの頃からか次王は王国の軍備に不満を漏らすようになった。何故血縁によってのみ選抜された騎士が上位に居るのか。16歳を迎えたレオン王子は大ブリターニャの筆頭騎士団《ホークス》十六名中三名を打ち据えていた。家臣から「王子に手を上げる訳には参りませぬ」の言を受けたレオン王子は「ならば地位も何もない実力だけで選別し、共に磨き上げた五人の供回を相手せよ」と十三対五の模擬戦を行わせた。五人はあっさり13名を倒し、一名に至っては傷が元で二日後に死亡するという事故を引き起こした。
確かに騎士団は惰弱であった。《《現世古代のスパルタの兵と比べて》》、だが。
戴冠式の日、雷鳴と嵐が吹き荒れる中神殿で荘厳な儀式が行われた。
堂々たる体躯に質素ではあるが仕立ての良い正装で現れたレオン1世王は、18歳とは思えぬ迫力、胆力、そして腕力を携え第四の力「権力」をも手中にした。そして戴冠直後に発せられた言葉に宮中の人間は皆目を剥いた。
「国民の体力を調べ基準を超えたものを徴兵し、鍛え上げる。
兵役拒否及び基準値以下の者は二級市民とする。
国民の7つまでの子を調べよ。心身が弱く兵となれぬものは《《捨てよ》》。
7つからは王国の兵舎で例外なく鍛え上げる。
女は大切にせよ。但し強い子を産めぬ者は要らぬ。女の体も鍛えよ。
子を生み死んだ者は戦争で死した兵士と同様に扱え。強い子を産む母を讃えよ」
凡そ時代にして2000年程度、中世ヨーロッパに近しい世界に古代の王国が突如現れたが如きである。王室に近いものはガタガタと震え出した。王の発した「鍛え上げる」が、かつて王自身が課した狂気にも似たものであると直感したからである。
警備の兵は半ば放心している。王の供回の者たちは秋の収穫祭も近いと言うのに分厚い胸板と盛り上がる腕と肩をマントの下に晒し、悪魔すら素手で縊り殺すのではないかと言う殺意を漲らせて腕を組んでいた。
一体何と戦うつもりなのか。世界に覇を唱えようと言うのか。誰もが疑問に思うが誰もが口に出来ずにいた。
国民皆兵、市民の選別と過酷という言葉すら生温い訓練……後に第四の魔王、筆頭魔王とまで呼ばれたレオニダス1世の魂を宿したレオン1世の治世は嵐の中雷鳴と共に始まった。
英雄にして軍神、スパルタ王レオニダスの魂はスパルタ式を常態と考える古代の人間だ。何故彼が偉業を成し遂げたか……それは彼がスパルタの王であり、付き従う兵もスパルタの兵だったからである。王国がスパルタになるのも当然で、それ故にこの地の時間は凡そ2000年遡った。
遥か彼方、この世の罪に染まらぬ所でパトラッシュ越しに地上の様子を見ていたたかしくんを始めとする天秤班は床に転がり喘いでいた。
「れ……レオさんの「良いのだな?」ってこれかぁぁぁあ!」
「スパルタ王なんだからスパルタ教育本家本元ですわなぁ……」
「こっちからのアクセス不能にしちゃったよおい!」
「おいおい、スパルタ奴隷制やってんぞ?」
「魔王に降伏した方が文化的なんでは……」
人間、魔王、そして天界。
全てが混乱に巻き込まれていた。