たかしくんの異世界改編記
たかしくんはゲームプログラマーである。
マスターアップを控え、1日に20時間は愛機パトラッシュの前で指を動かし、バグチェッカーからのフィードバックを解析して修正してQCに戻す。そしてこの期に及んで進展確認ミーティングと「最後まで作り込みたいんだYO!」と新要素を組み込みたがるディレクターをどうやって事故死させるか夢で考え続ける社畜だった。
マスターアップ1週間前、各種申し送りをサーバーに保存してテキスト類の整備をしている最中、たかしくんは机に伏して若い命を散らした。
パトラッシュ……なんだかとっても眠いんだ……30分……30分だけ……
パトラッシュのアイコンに塗れたデスクトップのバックには、ルーベンスの絵画が壁紙として飾られていた。
らんらんらーん、らんらんらーん♪
たかしくんの身体は天井のLED蛍光灯の粒ひとつひとつから現れた不可視の天使によって神々の世界に運び込まれていく。無論、《《パトラッシュも一緒》》だ。故にローカル保存されたテキストは失われてしまったのだが、それは労働基準法を厳守しないこの会社が悪い。
きっかり30分後、たかしくんは通常とは異なる形で目覚めた。訓練された社畜であるたかしくんにとってタイマー無しで仮眠をプラマイ2分の精度で切り上げるなどお手の物。うっかり寝過ごすなど下の下だ。彼は立ち上がると香りの飛んだ濃い目のコーヒーが完備されている筈の後方に向かうが、目がまだ寝ぼけているのか世界が真っ白に見える。何だこれはと訝しんでいたら後ろから女神(自称)に声を掛けられた。
ベタ過ぎる展開だ。誰だこのシナリオにGo出したの。しかも女神はリアル寄りの作画で胸の谷間の強調がない。絵師変えろよ。絵面にファンタジーが無いとダメだろが……
(女神から見たらはっきり言ってゾンビである。腐臭を漂わせ髪はぼさぼさ、無精を極めた髭に青い顔。普通転生時には当該人物のベストの状態が再現される筈なのだが。なんだろうこれは……これがステータスさいつよ状態なのかしら? あと、呪詛の様に小声でボソボソ呟くのはやめて欲しい。なんか凄い呪いをかけられそう……)
委細は省略しよう。よくある奴だ。死んだ異世界転生だチートやる。シンプルでいいが捻りはない。チート考察前にパトラッシュを起動したいんだがと申し出たら「なにそれ」とぬかしたので必ず殺すリストの5番目あたりに女神(不確定名)と記載した。
電源とどこに繋がっているのか分からぬLANケーブルを接続してパトラッシュを起動する。ドメインやIPを聞いても返答がない女神《ぼんくら》に呆れつつ、アダプタ設定をDHCPにすると……出るわ出るわクライアントPCにサーバー類。セキュリティ意識はどうなっているのか。私たち長生きでコンピュータ詳しくないからと言い訳してるが、死んだ人間がツイッターで「死んだなう」と書き込めるのは頂けない。ブロックしなくていいのかこれ?
女神がチートだ転生だとうるさいので「世界設定が分からないからテキスト寄越せ!」と言ったら01_logosサーバーに設定資料があると言うのでアクセスして読んでみた。読み込み速度にはちょっと自信がある。
レベル制RPGシステムの様だがステータスの数値ビット幅が無闇にでかい。上限が64ビットぐらいある。レベルキャップがこれで100までということは、レベルアップで最大600ぐらいステ上がるのか? 呪文によるブーストがあるとして半減、最大300? 敵キャラデータがあったので見てみるとパワー系キャラがレベル10で筋力値1800。何も考えずに64ビット設計なんだろか。
ソースフォルダがあったので覗いて見るとコメントや修正の嵐だった。このブロックは勇者ハヤテ終了後に削除、ミチコのチート対応の為追加、この行殺すとバグるから殺すな! サトシの魔法がバグって素手でカンストしちゃうからここ消さない。
度重なる仕様変更に必死で食らいついた男達の戦いの傷痕が生々しい戦場だった。テキストフォルダの最新-new~5みたいな記載も腹立つし、2バイトファイル名は死なせるべきではないか。
「端的に聞こう。ハヤテやサトシに与えたチートは誰がチェックして実装許可取った?」
「チェックって、何?」
「バグとか確認しなかったのか?」
「直すのはエンジェルちゃんたちだもの……」
「チートや世界救済の前に魔王の名前と女神の名前を聞こう。世界に住むキャラクターデータはどこにある?」
「魔王はガデス、私はファミア。キャラクターデータは14_uginiaサーバーにあるよ」
grep検索でデータ発見。1人ひとファイルとは都合がいい。パスを記録してカーネルロード時に特定パスの特定ファイル削除を設定。次の定期メンテナンスでデータごと死ね。ファミアはパスワード設定も無くHDDにフルアクセス出来た。いつかディレクターに喰らわす予定だった「ステキなファイル」が火を吹くぜ。念の為他に被害が及ばぬ様に、ファイルが起きる前にIPとサブネットマスク書き換えてレイヤー単位でネットワークから遮断しとこう。
とりあえず翌朝色々再起動したら悪も女神も消えていた。
世界はインフォメーションテクノロジーにより平和を取り戻したのだ! ハレルヤ!
「さてと……」
たかしくんは_Readme.txtを01logosサーバーにアップした。
「魔王を消去しました。このデータを作成した人は誰か、勇者データを作成した人は誰か、チートを許可した責任者は誰か?
魔王を強くしたい、勇者で打ち破りたい……それ自体は良い。だからと言って彼らをルールの外に置くのは許されない。ならばゲームの体を取らずに夢物語でいいじゃないか。何故にゲームを作るのか。ルールに従い競技をするためでは無かったのか。そこにチートと言うルール無効化を挟む意味が分からない。
チーター死すべし、慈悲は無い。
今ここに世界のバランスに注力する「天秤班」の設立を宣言する。世界を愛し世界の全てを愛するものは集結せよ。天秤班はゲームバランスを破壊する全てに対して抗議する」
_readme.txtをアップロードした後、たかしくんは現在のバージョンのワールドプログラムを更地にした女神クライアント上に展開してテストサーバー化した。ゲームのコアルールをここで確認する。
内容は滅茶苦茶だった。素人がツクールで作り上げたゲームの方がなんぼかマシだ。まず固定値と乱数のバランスが悪い。乱数幅が2d10なのに固定値が3000にも4000にも達していては乱数の意味がない。レベルアップで上昇するパラメータ範囲やアイテムによる補正を考えると乱数範囲が小さ過ぎてゲーム性が綺麗に失われている。
レベルは最大で99まで上がるとして、パラメータは職業による上昇率補正込みで1d4に統一した。例えば戦士は筋力はレベルアップ毎に1〜4の範囲でランダムに上昇する。素早さは1d4-1(0〜3)、賢さは1d4-2(-1〜2)で戦士はレベルアップにより賢さが下がる事もあるが、大体Lvが10上がる毎に余程の事が無ければ5上昇する。ステータスの上限は8ビット255までに制限して大体のキャラクターは職業的に優先されるステが最終的には最大値に達する。ステータス補正は装備により最大+64、魔法により最大-64〜+64
レベルアップによるステータス上昇には、行動選択によるボーナスをつける様にしてみよう。何かステータスを上昇させる様なフラグ--例えば重いものを常に持ち続けるなどして常に敏捷性にマイナスの補正が掛かる状態に置くなら敏捷性の数値上昇範囲が1d4-1(0〜3)から1d4(1〜4)に上がるなど。ただし補正は最大値で1、同時に2つまでしか得られない。幾つも上げられたら職業差が出なくなってしまう。行動選択により結果が変わるのがRPGの醍醐味だが、工夫で何でも変えられたらゲーム性が損なわれてしまう。
基礎ステータス6種に補正値を加えた実効ステータス6種(最大512)、判定には実効ステータスを50で割った判定補正値に1d20を加えて1〜30の範囲で相対チェックを行う。乱数範囲が広すぎるか? ステータス上昇による実効を感じられる範囲に調整するとして、判定補正値は後々変更できる様にしておこう。
基本的な判定ルールはとりあえず完成した。チェックツールで基本動作を確認し、ざっと各職業で30回づつレベルアップの挙動を確認。--レベルアップによりステータスがマイナスになるパターンがあったか……最低値を1にするか、いずれかのステータスが0になったら「天寿」という形で回収するかなぁ。
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