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蕎麦のコシの謎を追え!

ちょいと気になってたネタを。

実は私、日本人は蕎麦の味を知らないんじゃないかと訝っている。さんざ美味い蕎麦屋探して検索かけてるが、その蕎麦屋評が頓珍漢な事が実に多いのだ。

例えばだが、蕎麦の風味が良いなんてよく言うけど……蕎麦の香りはかなり薄い物なので、鰹出汁効かせたつけ汁にドボンと浸して食ったら確実に蕎麦の香りはカツオ風味に壊滅ジェノサイドされてしまう。つまり蕎麦の香りを楽しみたいのであれば、風味高い蕎麦つゆはNGであろう。近代ではアホでも蕎麦の風味が分かる様に蕎麦の甘皮どころか外殻までぶっ込んだ蕎麦を有難がる場合もあるが、カツオ風味に負けない蕎麦の香気というのもなんだかネ。前にラーメンの麺に小麦の味が云々という話も見た事があるが、小麦の旨味を堪能したければつけ麺を何も付けず手繰ったら良いのではないか的な……難解だ。もうワシの手の及ばぬ話になっとる(偉く分解能が高いお人であるな。前世はスペクトラムで成分比を解析するマッシーンか何かか)

一般には、蕎麦の香りが高く、喉越しなめらかな蕎麦が良い(と言われる事がある)とされる。しかし本当に皆それが良いと思っているのか。実はそれってお題目やカッコツケで、落語みたいに「死ぬ前に蕎麦をどっぷり蕎麦つゆに漬けて食いたかった……」だったりしないのか。あの落語がウケるのは意地っ張りな江戸っ子がイキって蕎麦をツユにちょいつけして食ってるが、実はそんな食い方よりツユに浸して食う方が好きって「本音と建前」の乖離に共感するからだよね? もしもみんなが蕎麦をツユにちょい付けして食うのが本当に美味しく感じて大好きだったなら……あのオチでは誰も笑わないであろう。

実は、かなり多くの蕎麦好きが、蕎麦の風味や香りよりも喉越しや食感を重視してるんじゃないかと考えている。あのツルツルとした喉越しが良いと。しかし日本人の「料理の評価」は味が主体で食感(テクスチャーと言う)は余り評価されない傾向がある。鉄鍋のジャンネタで大変恐縮だが、中国では割とこのテクスチャーに対する語彙が豊富で、食感が上手く出されているか否かが評価に大きなウェイトとなる場合がある模様。特に日本で声を大にして叫ばれる事は少ないが、春巻なんかは皮がパリパリで中の餡がアツアツトローリの方が美味いやな。外側シナシナだと気分もシナシナだ。

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で、蕎麦のテクスチャーについてなんですが。前にも紹介した評文の中に「(蕎麦に)こしがない」と言う一文があった。

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何のことか分からない人に解説しよう。麺のコシというのは、主にラーメンやうどんで楽しめる「麺の弾力や歯ごたえ、プツンと噛み切れるその感触」である。これは何かと言うと、小麦に加水して練った時に生まれるグルテンによる食感である。私のファンタジー関係雑文読んでる皆はご存知であろうが、西洋で小麦が覇権取ったのはこのグルテンに寄る所が極めて大きい。大麦オーツ麦などなどが覇権を取れなかったのはグルテン含有量が少なく、あのモチモチとした白パンの食感を産めなかったからだ。

そして、蕎麦にはグルテン入ってないの。

そのグルテンフリーな蕎麦が何故小麦の麺の様に繋がるかと言うと、一つは蕎麦内に含まれる水溶性タンパク質の働きだと言う。もう一つは更科蕎麦の技法になるが「湯捏ね」という技法で蕎麦粉の澱粉質を糊化こかして粘り気を出し、この粘りで繋ぐのである。但しこれらの方法では粘りは出てもコシは出ない。小麦粉が入っていないからだ。

つるんとした喉越しは、蕎麦表面の凸凹を糊化した蕎麦が適度にカバーして平滑度高めている可能性もある。田舎蕎麦系統では蕎麦殻の粉末という蕎麦粉よりも粒が大きい異物が混じる関係で中々ツルツルというわけには行かない。

上記の評文が当該の蕎麦を低評価する所以として考えられる「評者が美味いと思う蕎麦」を考えると、

アホでも蕎麦の香りが判る様に蕎麦殻砕いたのが結構な比率で混入し、コシが出るほど小麦粉混ぜてよく練ったが、全体的に粉が結構粗くてザラザラとした食感の蕎麦。


……なんか観光地で味の分からない半可通バカにした蕎麦出す店に感動しちゃったフレンズではあるまいかー……

確かに、筆者は旧軽井沢某所で更科蕎麦注文して「更科って、白い蕎麦ですよ?」と念押しされた事がある(注1)。蕎麦食いなんだから更科が白い事ぐらい知ってらぁ!とその時は憤慨したのだが、なるほど蕎麦に一家言がありそうな生口叩く半可通がこの様では……確かに注意が必要なのかもしれない。

それはそうと「だからと言って蕎麦がブツブツ切れてるのはあかん」NGゾ。

蕎麦にもいろいろな種類があり、その楽しみ方も違う訳ですわ。いわゆる田舎蕎麦では「蕎麦が救荒作物であるが故に」可能な限り蕎麦の実を製粉して食す。製粉技術が洗練されていないのもあって、都会では敬遠される「雑味としての蕎麦殻の香」が強烈に出るが、それはそれで力強い田舎の蕎麦の味である。不揃いな麺の太さや蕎麦のザラつきさえ野趣として愉しむ……また或いは更科蕎麦の様に蕎麦の風味は(挽きぐるみなどに比べて)弱いが、丁寧に挽いた蕎麦粉を工夫を凝らして繋ぎ、白く輝く蕎麦麺に仕上げる技もある。二八蕎麦でコシを出す麺もあれば、布海苔混ぜたり山芋混ぜたりする事も。それぞれがそれぞれの場で、各地の蕎麦好きの口に合う進化を遂げたのであって、ただ一つの蕎麦の評価尺度で優劣決めるものではない。

更科蕎麦がウケたのは「江戸の三白・五白」なんかとも関係するかも。がっつり味が濃い食い物より、淡白な味付けや素材の香りが珍重されたんですわ。江戸時代の風俗を描いた漫画の中にも、料亭の女将が「お客さまは在の方だから(塩を効かせて)」と板前に注意するシーンがあったりする。敢えて申せば田舎の人には江戸の味付けが薄くて不味いと言われる事が多かったのであろう。

在の方=在郷の方の意味。

参考

蕎麦なんかは特にそうだが、食通を気取る人間の半可通な意見の影響力が強く、どの蕎麦に対しても一つの尺度で一方的に評論される傾向が極めて強い。本来は二八蕎麦には二八蕎麦が目指した地平があり、その方向性を理解した上で評価を下すべきだが、何でか10割蕎麦至上主義とかトンチキな奴が跋扈するんだよなぁ……先に挙げた「蕎麦にコシが無い」なんてのも、ろくに蕎麦を知らず、ラーメンやうどんのノリで蕎麦にもコシがあるべきと思い込んじゃった系のフレンズなんであろう。蕎麦の香りを楽しむ系のドグマに侵された結果、蕎麦の香りが高い方が美味くて薄いのはヘボいなんて言い出すと、江戸の五白と申しまして……と反撃されてしまうのである。下町のジャンクフード的でいいと思いますが。(そんなお上品な食い物じゃ無いもんなァ)

注1

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純戦士のおじさん
方針変えて、noteでの収益は我が家の愛犬「ジンくんさん」の牛乳代やオヤツ代にする事にしました! ジンくんさんが太り過ぎない様に節度あるドネートをお願いしたいっ!