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創作メモ

 山にはほぼ全てがある。これは修験者の口癖だ。「山にはないもの」と言えば、米と殿様ぐらいだろうか。病人に煎じて飲ませる薬草を採取し終えて、藍染刺し子の作務衣を着た修験者は村を見下ろす峰に立つ。バカと山屋は高いところを好むのだ。

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 沖合に見慣れぬ船があり、そこに向かい8艘の漁師の船が爆走している以外はいつも通りの長閑な風景だったが……他心通が自動発現した。山猿は何をしてるんだ。いやでも山猿だから海猿にはなれないか……また弁天が失礼な事を考えている。大体海猿ってなんだ? 河童か何かじゃないのか。

 意識を集中させて宿命通を発動すると、大体あの金髪青眼の白鬼が悪党である事が判る。あれが女衒か。相撲取りにでもなった方が稼げそうだが……前世を見れば彼の数代前の血縁者が見える。薄暗い石牢の様な部屋で仲間と手掴みで肉を食い、血の様な飲み物を飲んでいる……西洋の暮らしを知らぬ修験者はこれで相手を鬼と断定した。実際には14〜15世紀頃の比較的裕福だが粗野な西洋の人々の日常の風景に過ぎないのだが、典型的とは言い難いものの日本育ちの修験者から見たら悪鬼羅刹の所業である。赤ワインは血にしか見えないし。天眼通に依れば今日この者は死ぬ……はて、殺すつもりは無いのだが……(困惑)……来世はヒラメ……(当惑)

まぁ、大体分かった(本人談)

 何もかも誤解である様な気がしなくも無いが、因縁から見ても根源はあの白い大鬼という点だけは合っていた。山を風の様に駆け抜けて浜に着くと、修験者は真言呪を唱えた。鬼の船まで約2里。船で行くには遠過ぎる。飛んで行ければ造作もないが、烏天狗は今留守だ。ならば走るしか無いではないか。右足が沈む前に左足を出せば良いのだ。神仏の力を信じろ! 火渡りが出来て水渡りが出来ぬ訳が無いではないか!

 天上で韋駄天が苦笑したのは言うまでもない。海は走るものではない……しかし無理を通せば道理が引っ込むのは世の常だ。当たり前だが遅々として距離は詰まらない。沈まぬために力の7割割いているのだから仕方がない。天耳通が自動展開されて船上の声が聞こえる……嗚呼! 侍たちが鬼を斬り殺している! カルマが! 来世が!
 そこに白鬼登場。白鬼強い! 凄く強い! これで来世はヒラメとなるか……と妙なところで合点していると思いがけない情報が。「祈らないから弱い」
 そうなんだ? 唱えるだけで祈らないから遅いのか。ならばと修験者は一心不乱に念じて祈った。オンイダテイタモコテイタソワカ。韋駄天尊よ我に力を! オンイダテイタモコテイタソワカ! 諸衆が業を積む前に! 重ねて重ねてお祈り申すーー神足じんそく通があるんだけどなぁ……と溢しつつ、韋駄天尊は力を貸した。しつこく祈るものだから、しつこく願いを叶えてやった。近くを飛ぶ海猫は、余りの姿にドン引きしていた。

(オンイダテイタモコテイタソワカのシーンに続く)

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純戦士のおじさん
方針変えて、noteでの収益は我が家の愛犬「ジンくんさん」の牛乳代やオヤツ代にする事にしました! ジンくんさんが太り過ぎない様に節度あるドネートをお願いしたいっ!