創作メモ 悪鬼夜行
夕暮れ時、瑠璃を連れた江戸川が慌てて瑠璃の家を訪れた。(とりあえず流れだけ書く) 昼過ぎから瑠璃の様子がおかしい。熱が出て倒れた。
「風邪じゃな」
修験者は力一杯手を合わせて手を打つ。破裂音の後に真言が続く。
「オン コロコロ センダリマトウギソワカ!」合掌したまま修験者が瑠璃を凝視すると、何かに耐えかねた様に瑠璃から這い出す黒い霧の様なものが見えた。
「えっ?」弁天が息を呑む。御仏の光で照らすと鬼は可視化されるのだ。この状態だと人間にも見えやすくなる。
「元は、人か……」思いの外優しく修験者が手を差し伸べて黒い霧を掴む。
「恐れるな。御仏の慈悲は広大無辺じゃ……羯諦羯諦 波羅羯諦 波羅僧羯諦 菩提薩婆訶……」
一瞬小さく縮こまり黒さを増した「何か」が真言呪を唱えると段々霧散して薄れて行く……
「あれが鬼じゃ。病魔になっとったな」
「瑠璃は治ったんですか? 瑠璃!」
「疲れとるんじゃろ。憑かれてた故」
「降魔調伏? つかれてたからつかれた?」
「色即是空 空即是色。受想行識亦復如是ってな。鬼も人も無い。魔も何もない。五蘊皆空じゃ。故に御仏は万物を救い賜う……とりあえず寝かせてやれ。病魔は取り除いたが病気は暫く残る。今は人事を尽くすべし……弁天、任せたぞ」
「ど……どこに行くんだ修験者?」
「山へ。山には全てがある」
夜の岬の木々の中を修験者が歩く。夜目が効くのかその足取りには迷いが無い。
「全く……健磐龍命の庭先で鬼道とは……ここか」
そこには小さな社があった。かなり古びていて手入れをされた様子はない。
「此の神床に仰ぎ奉る 掛けまくも畏き 天照大御神 産土大神等の大前を拝み奉りて 恐み恐みも白さく 大神等の廣き厚き御恵みを 辱み奉り 高き尊き神教のまにまに 直き正しき眞心もちて 誠の道に違ふことなく 負ひ持つ業に勵ましめ給ひ家門高く 身健に 世のため人のために盡さしめ給へと恐み恐みも白す」
修験者が祝詞を奏上すると、辺りの雰囲気が張り詰め、凛とした空気が立ち込める。眠っていた神格が目覚めたのだ。暫くすると阿蘇山から噴煙が立ち上る。産土様を通じて九州全体の守護に封じられた健磐龍命が怪異を察知し……めっちゃくちゃ怒り出したのだ。この状態になると神々の怒りが鎮まるまで邪法は使えない。神域内で粗相をされてカンカンになってる神々の前で何かしでかそうものならかなり厳しめの神罰が下る……仏と違い、神々は割と怒りっぽい。
「さて、産土様、山神様。誠に申し訳ございませぬが、恵みをひとひら頂きとう存じます」
社の前に行李を下ろし、修験者は藍染の刺子で作られた作務衣に着替える。薬草と山芋などの幸を掘り起こすのだ。大体目星は付けたが山神様からのご指導もあるだろう。山には大体何でもある。神も仏も、幸も霊力も。神仏に生かされている事をここまで如実に感じる場所はない。
(山芋(山薬)掘ってると猪が出て来るが、修験者は神武不殺、活殺自在と唱えながら左右のショートフックを叩き込む。山の獣は総じてタフであり、目一杯力を込めて打っても動じない……通常であれば、だ。修験者の拳は猪の肋にヒビを入れ、猪にブヒィと悲鳴を上げさせた。「少しやるからあっち行け。人の掘ったモン取ろうとするなど何たるゴンタか。仏の慈悲に感謝せぇよ」
修験者のゲンコは牛馬にも効く。ほぼ全力にはなるが牛馬を半殺しに出来る程度の力がある。それは人の範疇をちょっと逸脱していた。
◆
瑠璃が病に倒れた!
その報は瞬く間に村に知れ渡った。いきなり斎戒沐浴して仏様を拝むもの、御百度参りを始めるもの、医者を求めて鷹栖に向けて走り出すもの……その中に異国の坊様の装束を着たものがいた。禁教の筈の伴天連の司祭である。その姿を見た弁天は「これぞ鬼ではないか」と恐れを抱いた。黒衣に包まれた身体は筋肉質で、肌は海風に晒されて赤く染まっていた。髪は金色、鼻は高く、彫りは深い。突き出した額の奥にある目玉は灰色をしていて……「神に導かレてマイりマシた。病に臥せっている女性がイると……」
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