創作メモ
「可変剣のロマーニュだ!」
男はそう吠えた。そう吠えたつもりだった。しかし相手は魔神であり音声認識の精度に難がある。神に作られた魔神ではあったが、音声認識のレベルは現代現世のアレクサやSiriと似たり寄ったりなのだ。いや、たかし君なら知っているが、ユギニアなどを構成するサーバー群はそこらのデータセンターの高級サーバーよりハードウェア的にショボかった。全てエンジェル達の具申をマトモに取り合わなかった女神ファミアが悪い。バックアップDATだし。
そのみずほ銀行並のシステムで実装された魔神はみずほ並にツラかった。先の話でも触れ、ロマーニュ自身もつど語る様に……彼はどこに出しても恥ずかしくない農家の三男坊。それ故に誠に残念ながら彼の話す標準ユギニア語はかなり訛っていたのである。当然魔神は聞き取れない。
その為、魔神は彼をヘンケン・ド・ロマーニュと認識してしまい……勇者打倒の為にユギニアの全キャラクターデータを検索したにも関わらず、該当する人物が存在しない事に狼狽した。全文検索をすると該当事例は複数ヒットするが、実体が無い。無論それは若き吟遊詩人トマスが冒険者から聞き取りして捏造した架空人物なのだから当たり前なのだが、偉大なる魔神は魔神であるが故に、ロボットだから、マシーンだから……それを理解できなかった。だだっだー。
当該人物のデータは参照できない。しかし複数の証言からクラウドジャイアントを屠り、ドラゴンの群れを駆逐して巨竜と共に渓谷に落ちるも復活……彼が認識する今期のユギニア……Ver.2.x系システムではあり得ない能力に魔神は頭を抱えた。ヘンケン・ド・ロマーニュはルールの外に居るとしか考えられない。あのチート嫌いの上級神、たかし君がそんなものの存在を許すだろうか?
まさか、上級神の更に上?(ここまで0.04秒)
魔神はかなりバグった。ループ検出・回避機能の無いルーターの如く、ゼロ除算した時の如く、循環参照させられた時の如くバグった。論理の存在である思考の領域の存在は論理破綻に極めて弱い。機能が停止してしまうのだ。そして今ここに魔神のリセットボタンを押す者は無い。
バグによりあっという間にデータがメモリ空間に溢れてディスクキャッシュを生成する。高い演算能力が肝心な所で裏目に出た。燃えよバラクーダ、吼えろメダリスト。激しくアクセスランプを点すハードディスク群の前に可変剣が迫る!
ディスクアクセス中のハードディスクに衝撃を与えた際の事象については、読者諸兄も良くご存知であろう。ハードディスクは磁性体の円板の上、僅かタバコの煙の粒子程の隙間を開けてピックアップ部が動く精密機械だ。停止中であればピックアップ部が退避エリアに退きある程度の衝撃に耐え得るが、アクセス中に衝撃を与えると……ピックアップ部が7200rpmで回転する磁性体と物理的に接触してしまう。一瞬にしてガラクタが生まれる瞬間である。
常ならば、魔神は人間の攻撃など難なく避けただろう。ロマーニュは熟達の冒険者であるがタカが中級、魔神の反応速度に及ぶ事はない。ロマーニュが標準ユギニア語を流暢に話せたならば、トマスがヘンケンではなく「可変剣のロマーニュ」を歌っていたならば、レオニダスの魂がユギニアに古代スパルタを生み出さなければ、古代神YZWが冒険者を鼓舞しなければ、ネームドアイテム「成り上がりの盾」がロマーニュの手に渡らなければ、黒髭やアリアが手を加えずヘンケンの歌をあちこちで歌わなければ、フェルミがロマーニュこそヘンケンである事を喝破して、たまたま訪れたフランカのやきう場にレジェンドを見に来た民衆に語りかけなければ……或いは、ロマーニュが可変剣なんて物を夢想せず、バノックバーンと魂で繋がれた兄弟にならなければ!
もしこのロジカルな世界に奇跡があるとしたら、「あり得るが重なる可能性が極めて低い事象」がV9達成時の読売巨人軍のメンバーの如く「集結してしまった」事であろう。魔神はハードディスク破損により倒れた。せめてシステムディスクだけでもSSD化していたら……いや、その可能性はITの神からそっぽ向かれた女神ファミアが潰してしまったのだが。
世の中には奇跡がある。
それは一見あり得ない事象に見えるのだが、派手な事象の影に様々な必然が重なって起きる物なのだ。
澄んだ音とドガシャという無粋な音。特に前者はIT関係者の魂を凍らせるほど美しい音なのだが……魔神はクラッシュした。たかし君とエンジェル達は予期せぬ、それでいて完璧にハマった伝説の誕生に息を飲んだ。ただ、YZWと大地と雲だけが微笑んでいた。
勇魔システムによりファンブルでの破損が無くなった可変剣は折れず曲がらず、剣先が宙を舞う事なく、システムトラブルによりハングアップした魔神ジオーネを切り裂いた。切った当人と剣を作り上げた当人がびっくりするほど鮮やかに、物理の神がふざけるなと憤慨するほど強かに。
これが、可変剣というバンダイでも玩具化を躊躇う冗談の様な剣が神剣と崇められる様になる顛末であり、家名を背負わぬ農家の三男坊が一千年の後もその名を轟かせた冒険譚である。
今年はユギニア物語とジョニーをきちんと締めたいなぁ。
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