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拡散する種

やはり移植。

さて、なかなか滋味深いというか、「輝く太陽」並みに難しいお題が来た。何故にこれが難しいかというと、当たり前だからだ。当たり前ではない話のお題はある意味簡単だ、当たり前ではないそこの説明をしたら原稿用紙が埋まる。当たり前の事から何か話を作れというのは題材を指定しないに等しい。

先ずはタネについて考えてみよう。比喩的なものや「種族」というものの表現手段としての「種」、つまり「種の起源」の様な使い方をしない限り、種《たね》とは植物が遺伝子を増やしていく為に作り出す《《可搬性の高い》》「生命のパッケージ」である。
ファンタジー世界では歩くものもある様だが、通常植物は移動できない。移動する為の各種機能を備えたものは植物と言わず《《動物》》になる。この為「もしも種が可搬性の低いものであったなら」、ある植物はあるエリアに群となって咲き誇り生い茂り、そしてその地に何かの事故……洪水や土砂崩れ、自然火災、気候変化や腹を空かせたヤギの襲来により絶滅してしまうかもしれない。環境の変化に対して植物は避難をする事が出来ないのだ。だから植物の内かなりの種《しゅ》(その名もズバリ、種子植物という)はタネを作り可能な限り様々な場所に拡散していく--それが彼らの生存戦略なのである。
また別の方法として、タネではなく地下茎や球根で増えるタイプのものがある。ユリやチューリップ、クロッカスは球根で増え、じゃがいもや竹は地下茎で増える。逆に言えば生存戦略として様々な場所に散ってリスク分散を試みる植物はタネを作り、地域を占有する政策を取る植物は球根や地下茎で増えるのだ。では球根や地下茎で増える植物の利点は何だろう? 答えはそのサイズにある。
例えばチューリップの球根は成長後のサイズがほぼ同じ「タネを作る植物」と比べると、「次世代を作るパッケージ」のサイズが非常に大きい。というよりも種のサイズが軒並み小さ過ぎるのだ。更に読者諸兄も小学生ぐらいまでに一度は試していると思うが……球根は水、太陽光、そして空気があれば基本的に花が咲く。種の場合双葉が生える程度までは水、太陽光、空気があれば生育するが、基本的には大地に根付いて養分を根から吸収しないと成長できない。
球根などの場合「光合成によるエネルギー生成」とその材料(太陽光と水、空気だ)があれば、残る素材は球根内に準備されている。球根が水耕栽培でも花咲くのはこのシステム故である。
これに対して種では最低限の栄養摂取に必要な養分のみが蓄えられ、発芽した先で現地調達しなければならない。時には不運にも旅先で現地調達に失敗する個体もあるだろう。この不確実性を補う為に多くの場合種を作る植物は小型で数多くの種を作る。

こうして見ていくと、タネというものは旅をして版図を拡大する為にその形状を選択しているのであり、拡散しないタネというのは基本的には存在しないと言える。「拡散する種《たね》」というのは何故タネという戦略を彼らが選択したかを考慮しない、少々回りくどい表現かもしれない。

さて、少し専門的になるが、生物学では種子や菌類における胞子を「散布体」という。発生の順序的にはより原始的な菌類やシダ類から始まったものであるが、植物……特に種子植物も先輩たちに倣い、動くことの出来ない自分たちの繁栄及びリスク分散として自分たちの子供に旅をさせる。
現代の我々が旅をする際に船や電車、車やバスを使う様に、自ら動くことの出来ない彼らは様々な手段で旅をする。ホウセンカの様に種子を納めた鞘が物理的に弾けて種子をばら撒くもの、種子の形状により風で運ばれるもの、オナモミをはじめとする幾つかの植物は種子の形状が毛皮に覆われた獣の表面に絡みつく事で長距離を移動し、我が家のジンくんさん(ミニチュアダックスフント)に付着したこれらは、筆者の手により我が家の庭に到着する。泥酔してタクシーに乗った客の様に中々これらの種子はジンくんさんから外れないのだが、彼らは進化の過程で何故こうまでしっかりと引っ付く様になったのだろう? 愛犬家との共存のために彼らの更なる進化を期待したい。
動物を使った散布形式として、果物と呼ばれる一群は更に周到である。彼らは甘かったり脂質に富んだ漿果《しょうか》を形成し、この果肉と共に種子を動物に食べさせて、糞として排出された先で発芽する。それどころか一部の植物は更に甘く美味く果実を作り、ある種の動物に自らの繁茂の手伝いをさせることもある。ニンゲンと呼ばれる動物の果樹園や畑と呼ばれるものがそれだが、ニンゲンは輸送から育成、品種改良という進化まで手助けしてくれるので、中々に秀逸な散布方法だと言えるだろう。

椰子の仲間は波により運ばれる。島崎藤村の椰子の実の様に大海を渡るのだ。カクヨム運営は或いはタンポポの様な「種の拡散」をイメージしたのかもしれないが、実際にはほぼ全ての種子が何らかの形で旅をする。これは自然災害や病の蔓延で一族郎党が全滅するというリスクの低減の為、或いは同一地域での親株との生存競争を避ける為の施策である。同一地域に多数の同種が生息すると、病の流行・拡大を促進してしまう事もあるのだ。

そう、我々が昨今新型コロナウィルスで頭を悩ませているのは、人間が同一地域に多数からなるコロニーを作る性質を持つ弊害である。

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純戦士のおじさん
方針変えて、noteでの収益は我が家の愛犬「ジンくんさん」の牛乳代やオヤツ代にする事にしました! ジンくんさんが太り過ぎない様に節度あるドネートをお願いしたいっ!