機甲シン・ゼロ 第二話
「アルファ3 異常な……」
首筋に熱いものを感じた直後、東武練馬駅周辺に展開していたシークレットサービスの首がまるで牡丹の花の様にゴロリと落ちた。まるでウィザードリィのニンジャがクリティカルヒットを繰り出したかの如く速やかに、鮮やかに。16名のシークレットサービスは僅か数秒で無効化され、指揮車に居た4名の身体は既に熱を失っている。
東武練馬駅というスペクタルやサスペンスと無関係なこの土地で、恐らくこの世の終わりまで二度と発生しないであろう惨劇が幕を上げた。
異変を最初に発見したのは意外にもAEONの警備を担当するイオンデライトの職員だった。ぬいぐるみ……白いウサギのファンシーな人間大の着ぐるみがピョコタンピョコタンとトレンチコートの男に近付くと、トレンチコートの男は崩れ落ち、頭が足下に転がった。なる程、ヴォーパルバニーがクリティカルするとこんな感じかと監視員は現実離れした風景を受け入れ切れずにいた。ここは練馬だ、東武練馬駅だ。しかも時代は21世紀。江戸時代では無い。普段は万引き犯や万引きの結果出入り禁止になった少年たちとの激しい攻防を繰り返す警備員達は、凶事が凶事であり窃盗では無いという理由で一瞬判断力を停止した。なんだ、テロリストか。
「って、おおおおおっ! 警察! 警察!」
10秒程で我に帰った警備員は優秀であった。しかし反射的に駆け出して現場に向かったのは頂けない。元じえ…J隊の山本とは言え、ライフルも持たずに殺人犯--しかも手練れの--を相手にするのは無謀だ。
「何者だっ!」
誰何の叫びに小首を傾げるヴォーパルバニー(不確定名) 改めて見ると人間大のリアルなウサギというのは気味が悪い。体重は100kgを超えるだろうか。そして山本は自分の格闘技が対ウサギ向けでは無い事に気付いて愕然とする。凡そこの地球に対人間大のウサギを想定した格闘体系は存在しなかった。
唯一、城北大のシキシマラボを除いて。
「解毒開始」
「血中アルコール加水分解完了まで後5、4、3…完了」
「カブト、プレジデントを」
「カブト了解。テクタイトスーツ展開します」
「全員、変身せよ。射撃は不可とする」
「「応!」」
天才、というものをご存知だろうか? 世間では博士という存在は超インドア派で肉体的には虚弱であると誤解されがちだが、それは努力の末に一級の知性を維持し得る「秀才」の話である。天才は違う。天才とは努力無しで一流の知性を維持でき、体力的にも決して貧弱では無い人々を云う。そして城北大といえば頭脳は京大、体力は日体大、頭の柔らかさはバカ田大という天に3つも才を与えられたエリートの巣である。その城北大でトップたるカブト、サオトメ、ナンブの3名はいつ何時世界征服を企む秘密結社が現れても戦える様に、自らフェイズシフトナノマシンをインプラントし、違法人体改造を施した改造人間である。迂闊に病院にも行けない厄介な身体であった。彼らがPNGZ合金製テクタイトスーツに身を包んだ姿は、恐らく読者諸兄が想像するあの姿と同じである。練馬が産んだあのヒーロー、バッタ人間やトンボモチーフのアレと酷似した意匠を取っていた。
「オーバークロック!」
サオトメの複眼モチーフの画像センサーアレイが赤く輝く。思考速度と神経系が常の64倍に加速され、HMD(ヘッドマウントディスプレイ)にウサギの攻撃予想軌道が表示される。
「パンチっ!」
亜音速で1トンの衝撃を叩き込む。恐るべき事に常人であれば上半身が弾け飛ぶであろう衝撃を受けて、ウサギは僅かにたじろぐだけ。
「ならばっ!」
キックはパンチの3倍の威力と言われているが、鍛錬の末に得た技は必ずしもそうとはならない。パンチの威力が高まった結果、相対的にキック力が低下するのだ。その問題をサオトメは自らの体術で克服した。
「ゲッター……キック!」
各種センサーでビル内の躯体構造を分析し、衝撃に耐え得る箇所を選んで三角飛びの要領で鋭角を描いて加速。運動エネルギーは質量と速度の2乗に比例する。ウサギは見事爆散した……やり過ぎだ。
「……ナンブ……分かっているな?」
「生け捕りですか。難しいな」
「ニチアサのヒーローが血塗れはいかんぞ。良い子のお友達を思え」
「ラジャー」