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202009007
えん
まず3つ、現代日本に生きる読書子に意外な事を教える。
一つ。古来日本において風呂とはミストサウナの事であった。
二つ。風呂での入浴を推奨したのは釈尊である。
三つ。古い寺には公衆浴場が付帯して、近隣住民や信徒に施しとして入浴を勧めていた。
時は室町末期、処は湯殿。ここから物語は始まる。
「垢掻きに参りました……」
「そんなもんワシャぁ頼んどらんが?」
幸いにも暗く蒸気に満ちている為に相手の姿は判然としないが……女人らしい柔らかで細い線は確認できる。いかんいかん、不邪婬戒不邪婬戒。諸法無我諸行無常涅槃寂静、喝。
ぎしりと湯殿の床が音を立て、音を立てずにえんの放った吹矢が刺客に刺さる。
「覚玄様、その女はそこに置いといて下さい。四半刻もすれば終わるでしょう。こちらで処置しておきます」
「手荒にせずとも良か……」
「また湯殿で相撲を取られては敵いませぬ。後は閻魔様が良き様にっ」
閻魔大王にそこまで手間かけさせて良いものか。覚玄は湯殿の蒸気の様にモヤモヤしながら風呂を出た。酷いことにならねば良いが。合唱礼拝、南無阿弥陀仏。
「えんからの直送です」
「……ほぅ。何々貧乏して……あ、阿羅漢殺害未遂か。こりゃえんお手柄だな」
女はガタガタ震えている。傍に立つ鬼はきちんとした身なりの一つ角の大鬼。そして正面には寺で見た事のある、というか絵から抜け出た様な閻魔大王。嗚呼、地獄絵図って本当によく出来てる。
「良い。戻してやれ」
「未遂で済んで良かったですね。お坊さん殺したら大罪確定でしたから。お父さんお母さんと御仏に感謝するといいですよ」
言外に「馬鹿な真似したら地獄行き確定」と言いつつ鬼が縛鎖を引きちぎる。その澄んだ音と共に女はすうっと意識を失った。
「……という感じだと思うんだよ」
「死ねばいいのに」
「寺でそんな事言うのやめてくれな」
突如件の女が飛び起きた。
【続く】
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