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葉隠の術 (表現技法テスト)
凡そそれは武芸者の立ち合いとは思えぬ有り様だった。大柄の修験者が繰り出す技は彼の得意とする大力による力任せの技ではなく……いや、蹴り上げるというか足で空に放り投げられた男が1丈の高さに到達するのだから力技もある……くるり、くるりと上下左右に回転し、手足で打ち、切り掛かってきた相手の腕を取ったかと思えば相手をくるくると転がし、かと思えば足を払い、投げられまいと腰を落とした男は「むぅん!」と唸った修験者に膝裏を持ち上げられ、無様に横に転がされた……
「て……天狗じゃ、天狗の仕業じゃ……」
こう書けば分かる人には分かるかな?
老臣穴部は驚愕していた。それは宛ら旋風。その風に翻弄され巻き上げられる様に大柄の伴天連達が翻弄されていた。木の葉の様に宙を舞い、はらはらと倒れ落ち、転がって動かなくなる。無論彼らもその奇妙な刀を振るっていたが、刀は悉く空を切った。切らされた。あの天狗は丸で背中の後ろも見えているかの如く全ての挙動の起こりを抑えている。振りかぶればそのまま押し倒され、踏み出した足は甲板に着く前に払われ、力を込める前に無力化されてしまう。天狗はまるで白刃に動じていない。それは見様によっては凄まじい速度で行われる田楽や神楽の様であった。
(天狗とは大仰な……)修験者は少し拍子抜けした。天狗はもっと恐ろしい。鞍馬の大天狗相手ではワシもまだ(神仏の力を借りてさえ)10中1しか取らせて貰えぬ。天狗はワシの更に先を読み、膂力も通じぬ不思議の技を使う。そも、力を込めていては間に合わないのだ。天狗が掴めば力が入らぬ、天狗が撃てば手足は痺れて動かない。奴らがワッハッハと笑えば鼻が伸びて強かにこちらの額を突く。全くふざけた奴らだ。投げても突いても手応えはない。盤石の重心を崩さねば天狗を倒すことはできぬ。同時に3〜4人しかかかって来ないなら全て捌ける。天狗ならこの倍から3倍の手が襲い掛かって来るだろう。あんなヘナチョコ刀では切られても肉が裂ける程度だ、問題はない。
更に天狗は木の葉を舞い上げ視界を奪う。何度も何度も木の葉が眼前を覆い視界を奪う。宛ら目隠しをして試合うようなものだ。彼らは木の葉隠れの術やら葉隠の術と言っていた。ワシも天狗の前では木の葉に過ぎぬ……天狗の実在により「天狗」にならずに済んでいる修験者だった。
その様な中で、カルロスだけは修験者の技を避けていた。此奴、やりおる。
「フ、ミきりマした」カルロスが嘯く。
「ソのワザ、カルすぎまス。そレではシにません」
(何を言っとるんじゃ、この女衒は?)
修験者は一瞬悩んだ。神武不殺だから殺さぬ様にしているだけで、修験者には初見なら天狗さえ倒す飯綱や、対人では加減を間違うと相手を死なせてしまう水車もある。軽めの連続攻撃で様子を見ながら叩かねば人は死ぬ。神通で相手の命の火を見ながら調整して6〜7割殺しで止めているのだ。気にせず殴れれば楽で良いのだが……不殺生戒が彼を縛る。
カルロスは慢心していた。伴天連なのに天狗とは此れ如何に。鬼で天狗とは面倒臭い奴だ。大して高くはないがその鼻へし折ってやろう。
カルロスには敵が無かった。彼は今までまごう事なき強者であった。対して修験者の傍らには大天狗や烏天狗、牙の行者や数多の神々が居た。修験者は決して強者ではなく神仏の高みを目指して弛まず行を積んだ……この差は、大きい。
カルロスの余裕はテッカン(南派カラリパヤット)にある。彼はごく僅かの期間でこれを習得し、彼の地で敵は無かった。あくまでも素手の技術であり、実際修験者も素手だから勝てると錯覚するのは無理もない。彼には修験者の「殺さぬ様に敵を倒す」苦労が見えていない。また、天狗と異なりこちらの技を見切れる相手がいないものだから、修験者は陰陽(虚実、フェイント)も陽炎(動作中の技の変化)も何も使っていない。ただ手足を伸ばして関節を極め、崩して投げただけである。雑に、ただただ殺さぬ様、不具にせぬ様心を配った。
「試すか」
修験者は素気なく振りかぶって、無造作に愚直に拳を突き出した。現代でいうテレホンパンチ。稚拙な技だが3人力の馬鹿力だけはこもっている。カルロスは受け流そうと試みたが拳は軌道を逸らす事なく直進する。それでもかわしたカルロスは十分手練れであるが、その技量は烏天狗の足下にも及ばない。人の間での修行と、人外との修行の差異である。見た目では分からぬが修験者は小周天・大周天、洗髄経や易筋経までも習得している……教えたがりの大天狗が授けたのだ。
(ふむ、内功は積んどるし肉付きも良い……) これなら死なぬだろう、そう修験者は判断した。
「では参るぞ、でうすの女衒、苦しくば髑髏本尊にした幼子に謝して悔い改めよ。御仏の功徳があるであろう……」
す……と足裏を滑らす様に歩を進める。
オンイダテイタモコテイタソワカ
オンイダテイタモコテイタソワカ
オンイダテイタモコテイタソワカ!
修験者が甲板を強く踏み込むとまるでそれに呼応したかの如く船が大きく傾き、下に沈む。鍛錬された下半身を持つ2人は不動である。祈りの姿勢からカルロスは合掌の形のまま大きく振りかぶって振り下ろそうとしたが……
「ナウマクサマンダボダナン
アビラウンケン!」
修験者が天地合一を果たす真言呪を唱えると、沈んだ船体が大きく傾き彼の身体を押し上げた。カルロスは下段の蹴りと見切って十字受けを試みるが、刹那修験者の両膝が僅かに撓んだ事を認める。膝かっ!と慌てて上体を反らせて回避を試みるが、修験者の足先は下段受けの腕をすり抜けたが如くカルロスの顔へと伸びる!
雷竜だの葉牙だの大仰な名前が好きな修験者が珍しく地味な名を付けた技である。陽炎の様にゆらゆらと変化して相手を捉える。安直に陽炎。そこらの里人では変化にも気付かぬし、天狗たちには陽炎だけでは通じない。誠に微妙な技である。
修験者はカルロスの顎を砕きつつ韋駄天真言呪の力により強化された脚力で矢のように天空を駆けた。
思いの外軽い音がした。1丈(約3m)の高さでトンボ返りをした修験者の半分くらいの高さにカルロスは浮かんでいた……薩摩武士たちの目にはアビラウンケンの呪文で2人が空に突如浮かんだかの様に見えた。
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