機甲シン・ゼロ 第八話
ジリリリリと警報が鳴り響くと国会内に人間大のウサギが侵入して来た。純白の毛皮には所々血が付き、右手には警備員のものと思われる生首がぶら下がっている。
もちろん国会は騒然と……ならなかった。余りにシュールなその姿は国会中継を見ていた人々の思考を停止させ、ウサギの近場に居た議員が立ち上がろうとして首を物理的に切断されるまでの約30秒、その姿はNHKの電波によって無修正で放映された。
「国会で何か動きがあった模様です、詳しいことが分かり次第続報をおろろけします」
珍しくアナウンサーが噛んだ。ものの見事に噛んだ。別称「おろろけ事件」として知られる事変の始まりだ。アナウンサーの背後では怒声が飛び交う。警察だ、動物園だ(ウサギについてのコメントが取りたかった?)、カメラは無事か、警察は? 警視庁に繋げ!
さて、国会ではウサギに皆が気を取られている間にカブトがテクタイトスーツを展開してウサギと対峙していた。シキシマは何処からか出てきた白衣を翻らせて閣僚の前に立つ。
「何用だ?」
ウサギは可愛らしく? もきゅと鳴きながら右手に捉えた首を差し出す。
「あー、テステス。聞こえるかこの星の諸君。申し訳ないがこの方の発声器官をお借りしてお話しさせて頂く。ご了承願いたい」
「……こちらの声は聞こえているか。城北大のシキシマだ」
「ジョウホクダイ、の、シキシマ……シキシマか。それがお前の名前だな」
「首が無ければ会話できんのか。野蛮だな」
「首なしでは話が出来ないだろう? 何を言っているのか」
「……なる程、それがそちらの常識か」
「……細かい文化的差異については次回以降にしよう。当方からの要求は我方の国家元首暗殺に関与した人物の引き渡しと賠償である。諸君が当該国アメリカの関係国であることは認識している。交渉先として動いて頂きたい」
「アメリカと直接やりたまえ」
「アメリカは特使を既に射殺した。交渉先としては不適当だ」
アンチマテリアルライフルでも準備させたのだろうか。テクタイトスーツでのパンチによろめく程度だったウサギボディはアサルトライフル程度では傷付くまい。
「何故日本を交渉窓口に選択した」
「貴国は政治的問題の解決に闘争を用いないのであろう?」
ウサギが左派野党議員を睥睨すると彼らは一斉に顔を背けた。議員が一様に凝り固まる中、副総理だけが深く椅子に座り、高々と脚を組む。
「あんたなぁ、ヒトの国で警備員殺して闖入して……アポぐらい取れなかったのか?」
「異星人との会話に際しては、概念伝達と意識交換様式を借りる為に首を狩るのは当たり前だろう。これは複数の星系間での合意がある」
「我々はそれに批准していない、勝手な事を言うンじゃないよ」
「特使としての特権を要求したい」
「外交官特権は友好条約締結済みの国家間での取り決めだ」
副総理、中々腹が座っているが異文化との交渉は不得手のようだ。
「良いだろうか、副総理」
「シキシマ博士、何か?」
「外交プロトコルに関しては異星ということもあり、相互の共通認識が全く無いことから不成立に終わるでしょうな。むしろ彼らの要求について話してはどうだろう?」
「シキシマ、君はプラグドラだな」
「プラグ……なんだ?」
「あー、訳出出来なかったか。知恵者であり物事を進めるものだ。感謝する」
「微妙だな。賛辞なのだろうが。で総理……アメリカ大統領を差し出せという話だが」
手招きする総理「無理に決まってるでしょ」
「そんなことは理解している」
「あー…文化プロトコルの違いなのだろうが、我々の文化ではそのやり方は非常識である。やめて欲しい」
「大変申し訳ないが、我方では同族の首を突き付けて話をするのはとんでもない非礼だ。互いに今回は非礼を許容しよう」
「しかしこれは少なくとも5つの星系と80の文化圏で……」
「なら覚えておくがいい。81個目の文化圏ではそれは通用しない」
「とりあえず我が国では……誰かの一存で話は決まらない。話し合うための時間が欲しい」
「ナイカクソーリダイジンでは決められないのか?! 非効率的だな」
「この国では全てを国民が決めるのであります」
「では時間の代わりにこれを頂いて行こう」
「待て!」
ウサギは左手をエリィ議員に伸ばした。運良くエリィ議員はPNGZ合金により拘束されていた為、シキシマの怒号によりテクタイトスーツの自動防御が発動、エリィ議員の襟がPNGZ合金で強化されて伸長し、間一髪で惨劇は防がれた。立て襟がなければ即死だった……
「シキシマ、君たちは本当にプラグドラだ」
ウサギは徐々に透けてゆき、1分ほどで消えた。シキシマはどうにも「プラグドラ」の意味を掴みかねていたが、純然たる褒め言葉では無さそうな気がしている。揶揄、なのではあるまいか。
「シキシマ博士、完全に消えました」
「カブト、しばらく維持だ」
「なんだったんだ……なんだったんだあのウサギは!」
「警備は何をしていた!」
「国会に暴漢が侵入するなど前代未聞だ! 内閣の総辞職を……」
「黙れこの馬鹿者が! そんなことしとる場合かっ!」
「30分休憩を。その間に死傷者の処置を。あと総理、自衛隊を呼べるか?」
「自衛隊でなんとかなるものでしょうか……」
「ライフルでは無理だ。重機関銃クラスで無ければあれは傷付かん」
「そも、今回の場合国家間政治の枠組みで考えれば重機関銃突き付けるのは憲法9条に抵触するのでは……」
「そりゃそうだな。左派の皆さんの従来の指摘通り膝詰めて話してもらうか」
「虐めるなよライダー。えーっとカブト君だったか……それ本物?」
「本物ですとも」
カブトが議事堂内で三角飛びをして天井に到達すると、おぉ……といううめきが漏れた。
「ロボットに仮面ライダーに宇宙人と来た。日本ってのはとんでもない国になってたンだなぁ」
意外にも、副総理は子供のように顔を綻ばせていた。
次回、憲法9条が大ピンチ。