Wild Hunt
なんか良く企画意図を理解してないんだが、多分これはnoteに移植してないのでパルプアドベントカレンダーなるものに投げていいのか?
むかしむかしの物語。
髭の書写屋さんの髭がまだ無かった頃。
髭の王様がまだ王様じゃなかった頃。
冬の風が吹いて、ユールの火がともされる頃は、家の中にいるべきだ。
暗闇の小道からも、野生のヒースからも閉ざされていて安全だ。
ユールの夜にあてどもなくうろつく者は、樹上からのさらさらと言う音を耳にする。
それは風の音だろう、でも他の木はしんとしている。
でもその次に、犬の吠える声を聞こえる、軍団の首領が舞い降りて来る。
目から火を吹く黒い猟犬、黒い馬のいななき。
--クエルドルフ・ハーゲン・グンダルソン 『山の雷鳴』
その頃には猟師も夜の道を出歩かない。また別の猟師に出会ってしまうから。猟師の一団の長は黒く八本の足を持つ馬に乗り、恐ろしい吠え声を上げる黒犬を従えてやって来る。遠くの山の向こうからやって来る。
街道ではなく、雷鳴と共に、空の上から。
そんなある夜、うら若き女性が砂岩の城壁都市の秘薬屋から首都に向かって夜道を急ぎ歩いていた。彼女が何故夜道を歩かなくてはならなかったのかは分からない。年老いた母の為に薬を買って家に戻る所なのか、病身の小さなぼうやの為に薬を運ぶ所だったのか。
もうすぐ首都の灯りが見える。この橋を渡れば右手に首都の港が見えてくるはず。もう怖いドラゴンの棲む峯は後ろだし、ゲイザーの目も橋の周りに見えない。
大丈夫、北風が強いけど木々が守ってくれる。
大丈夫、何かの遠吠えが聞こえるけど、きっとあれは狼ではなく犬の遠吠え。
「そうかい? 大丈夫かい?」
不意に髭面の男に闇夜の中から声を掛けられた女は、慌てて転んでしまった。のそりと進み出た男は帽子をかぶった猟師の様だった。まるでどこか古い物語から抜け出した様な様相で、片目の男。木の根の様な灰色の髭を持ち、雷の様に良く響く声をしていた。
「私の馬がおなかをすかせていてね、長靴いっぱいの干し草でも恵んで貰えないかと思って家家を訪ねているのだが……」
「ごめんなさい、干し草は持っていないの」
「ではどうだろう、私の一団には多くの猟師がいる。獲物と引き換えに彼らに食事を作って貰えないだろうか?」
「ユール・ボードはまだこれからよ!」
「では、これでボードを作ってくれないか?」
差し出された肉は、牡鹿の良く太った後ろ足。ここで女は確信した。ワイルド・ハントに出会ってしまったのだと。
女は覚悟を決めた。
顔面は蒼白で、脚は震えてしまったが、振り返って髭の男にこう告げる。
「では、私の持つガーリックで香りを付けて、オーブンで脚を焼きましょう。でもここにはオーブンが無いから、一緒に首都まで来てくださいな」
「そいつはいい!」
髭の男はドラゴンだって逃げ出すんじゃないかという満面の笑みを浮かべ、彼女を護衛すると宣言した。
「何、私がいれば恐ろしいものは何も寄ってきたりはしないさ。私の犬は悪魔だって追い払うからな!」
震える脚をなんとか前に出し、女は首都へ向かう街道へと歩を進めた。
大丈夫、屈強なガードがなんとかしてくれる。町に入ったらすぐに大きな声でガードを呼ぶの。瞬く間にガードが飛んできてくれて、きっと私を助けてくれる。
ワイルド・ハントは死者の一団。異界との壁が薄くなった冬至の頃に現れて、死者と災厄を持ちこみ、そして生者の魂を連れ去ってしまう。魂を囚われた物は一団に加わり、夜の空を彷徨い歩く……
そんな事を考えながら俯いて歩く女の青白い顔が更に青白く染まった。かさりという音に女がぎょっとして顔を上げると、森の中の石で囲まれた広場の中から細身の背の高い男が歩いて来た。男も髭をたくわえていたが、その色は明るく、優しげだった。
「誰だね、お前さんは」
灰色髭は、不機嫌そうに問いかけた。
「貴方と同じで、何処から此方へ旅をする者ですよ」
男は優しげな笑顔でこう答えた。
「わしはこの女性を町に送り届ける所だが、お前はどこに行くのかね」
「私もそこで作らねばならない物があるんですよ」
「お前は何なのだね」
「大工ですよ」
大工はすたすたと女性に近付くと、肩を叩いてこう言った。
「大丈夫、私は彼とは別の者だから」
灰色髭は忌々しそうにこう告げた。
「まさかお前まで来るとはな。しかしここではお前の親父の力も及ぶまい」
「そんなに嫌う事は無いでしょう。大丈夫、私はここでも大工ですよ」
「わしは料理を平らげるだけなんだ」
「そうでしょう、そうでしょう。立派な鹿じゃないですか」
「この女が料理してくれるんだ」
「獲物は鹿なんですよね? こいつはご馳走だ」
威圧的な、雷の様な灰色の髭の声とは対照的に、大工の声は柔らかだった。いつの間にか街の入り口に到着した一行は、穏やかな家族の様にも見えた。女は意を決して大声を上げようとしたが、寸前で大工に止められた。
「大丈夫、声を上げる必要も無い」
3人は街の銀行前にやって来た。ひと一人歩いておらず、タウンクライヤーもいやしない。
「オーブンはこの酒場の中だろう?」
「すみませんが、ちょっと仕事を片付けても良いですか? お手間は取らせませんから」
「何だねこれは?」
「私の作ったゴミ箱ですよ。タガを締めれば完成です」
とんとんと大工がタガを締めると、見事な灰色のゴミ箱が完成した。
「これは私が作ったゴミ箱なんですよ」
大工は念を押すと、ゴミ箱に釘を一本投げ入れた。
『お塩あるかな?』
驚いた事に、ゴミ箱は人の言葉を発した! 女はまた驚いて脚から崩れそうになったが、大工の男が背中を支えてくれた。灰色髭は女より驚いて片方しかない目を皿の様に見開いた。
「そうですね、鹿を焼くにはガーリックだけじゃなく塩がいる」
大工はにっこり笑って女性に微笑んだ。
「……そ、そうね、塩は必要ね」
「猟師さん、塩をお持ちですか?」
「塩、だと?」
「塩です」
「焼けば塩味になる!」
「それはあなたの世界での事、ここではそうではありません」
「焼いて全てが塩味になるのは、絶えぬ炎の世界、死者の世界よ!」
「塩が無いのならヴァルハラにお戻りなさい。ここでは塩が無くては美味しい料理も作れない。貴方の8本足の馬には塩は必要ないのですか?」
「何故馬に気を掛ける!」
「私が馬小屋の、飼葉桶に生まれたのをご存じではないのですか?」
灰色髭は真っ赤になってゴミ箱に手袋を投げ込んだ!
『ああ、こんなにいいものを!』
灰色髭は女から牡鹿の脚を奪い取り、怒りと共にゴミ箱に投げ入れた!
『味は良いけどサービスが悪い!』
女が微笑みを浮かべ、大工が満足そうに頷くと、灰色髭は次第にその影を薄くし、透けて見え、消えてしまった。
「さぁ、行きなさい。もう彼は戻ってしまったから」
大工は道具箱を抱え上げると、にこやかに笑って女に告げた。
「ああ、そうだ。その秘薬はもう要らない、彼にはそのガーリックで美味しい料理を作ってあげるといい」
女が戻ってみると、病身の身内は夜中にすっかり良くなって、元気に彼女を家に迎え入れたという事だ。
あの方は遠く離れた地でも、遙かな時間の彼方であっても愛する隣人に手を貸し、平和と安寧を守る為に尽力してくださる。それが戦争であれ、隣人同士のいさかいであれ、必ず見守り愛満ちる様に助けてくださる。
コーラス:
世界に告げよ 野を越え 山越え
「救いの君は 来たりましぬ」と
罪を重ねて 悩む我を
君は許して 導き給う
<コーラス>
道を求めて 祈る我を
君は顧(かえり)み 救わせ給う
<コーラス>
いとも小さき 我を選び
君の御弟子と ならしめ給う
<コーラス>
賛美歌第二編172番より
注:ワイルドハントは塩を持ち歩いておらず、塩を求めると立ち去るという言い伝えがある。初出記録たどれないんだが、10年ぐらい前からワイルドハントとかに言及してたマンです(どやぁっ!
注の2) ワイルドハントとは現在のサンタクロース概念が生まれる前の民間風習です。元々はオーディンが死者を連れてスレイプニルで狩りに出てるんですよ。ウカツこくと死者の猟団に仲間入りして永遠に彷徨う(=死ぬ)訳だが、長靴いっぱいの干し草などをスレイプニルに与えると長靴の中に金を入れといて貰える……なんて話もある。靴下だの長靴下げとく風習はワイルドハント由来なんだねぇ。サンタのソリが八頭たてなのはスレイプニルの足の数が残ったんだべな。このワイルドハントがサンタクロースを経由せずにアメリカに入るとGhost Riderになり、これがアメコミのGhost Riderに繋がっていったりするだよ。