機甲シン・ゼロ 第三話
フェイズシフトナノテクゲッターZ合金。名前こそアニメオタクが好きな作品の要素を何も考えずに突っ込んだ様に見える冗談の様な名前だが、その実態は悪い冗談にしか聞こえない。通常、機械やロボットは骨格にアクチュエーターやモーターを取り付けて運動を制御し、その内部構造をカバーする外皮を取り付けて作られる。しかし内部エネルギーの相転移により硬度や靭性を保ったまま変形するこの金属は、骨格と駆動系と装甲の三役を兼ねることが出来る。一般的な物語に出て来るロボットの場合、3つの要素は独立しており、重装甲にすると駆動部や内部フレーム用の容積が減少して鈍重になり、高出力の駆動部を取り付ければ装甲を厚くすることが困難になる。ところがPNGZ合金では重装甲がそのまま高出力を生み出し、高出力がそのまま堅牢な外骨格と装甲になる。装甲材の損失により防御力や関節出力が低減するという問題点は残されているが、ナノマシンにより一部欠損を全体に散らす(全体から欠損部の補修用資材を賄う)形で致命的な出力低下や防弾性能の低下を防ぐ事が可能だ。この機能の応用で、今ナンブが行なった様に攻撃が命中するその場所の装甲を厚くし、強力なトルクを発生させて攻撃を受け止める事も可能だ。
「この先には一歩たりとも侵入出来んよ!」
ナンブはヴォーパルバニーの鋭い牙を受け止めた腕を払うと、そこから金属粉末の様なものを射出した。ナノマシンの群れである。
「スーパーペルチェ! 焼結!」
ナノマシンがヴォーパルバニー(不確定名)の下半身に薄膜を形成する。およそ摂氏600度の温度勾配を作り出す超効率ペルチェ素子の薄膜だ。
「ショック!」
ナンブの掌から非効率にも程がある空中放電が発生し、ペルチェ薄膜に達すると内部はおよそマイナス270度近辺、外部は320度付近まで熱せられて赤熱化する。
「毛皮で覆われていても効くだろう?」
効かない生物はこの世に無さそうではあるが。何しろこの攻撃で攻撃に使ったナノマシンの4%が機能停止する。元々ブレストファイアを何とか超テクで再現しようとして生まれた失敗作であるが、冷気に熱が備わり最強に見えるという事で、周囲からはエターナルフォース何とかと揶揄されている代物だ。フェイズシフトは形状変形だけではなく合金の結晶構造そのものすら作り替える。様々な機能を持つ素子の合成すら可能にする魔法の様な科学、科学の様な魔法だ。
往時を思い出し、パイプ椅子を掲げて乱入しようとしていた大統領は我が目を疑った。marvelか。marvel heroかこいつらは。まさかトニーが日本人だとは知らなかった。大統領は居酒屋好きな割に酒を飲まない。ビジネスの判断を誤らせると共に、自身の兄をアルコール依存で失っているからである。彼は酒もタバコもコーヒーすらも飲まない。その意味ではストイックで、その意味で明晰であり、それ故に世界を変えると豪語した男たちの本気を信じた。
「おじさん! 危ないっ!」
プリーツスカートの下に学校支給の芋ジャージをまとった可憐な少女が大統領に声を掛けると、天井を駆けてきたウサギが跳躍……いや、重力加速度に脚力を加えて急降下してきた。ナンブが咄嗟にHMDの運動予測を確認せずにガードに入ると、ウサギは東武線沿線ファッションのキュートな少女を小脇に抱えて走り出す。ナンブがブーメランじみた何かを手の内に形成して投げる仕草を見せると、大統領は思いの外大きな声で「No!」と厳命する。
彼女は恩人だ、毛ほどの危険にも遭わせてはいけない。世間の風評がどの様なものであっても、彼はこの地球で1番の軍事力を掌握する人物であり、偉大なあめ…我が国を再建すると天に誓った男であった。その覚悟は自らの危険の中でも動じない。危機にあって彼はその場に居合わせた誰よりも果断であった。伊達では大統領には成れぬのだ。
名前からしてバクチが好きそうなこの男、単純ではあるがバカではないし、物事の本質を見る目は確かである。彼はウサギが地球外生命体……恐らくはプラコッテ星系から侵入したコマンドではないかと当たりを付けていた。動きが読まれていると感じて予定を急変したのが裏目に出た。これは国家中枢にも相当深い根が生えていると見て良さそうだ。
シンゾー、済まない。また君の国から拉致被害者が……彼の涙は冗談ではなかった。
良い子のQ&A
Q.トラさんかっこ良すぎない?
A.この物語に腰抜けは一人も現れない。地球の存亡がかかった大戦で人がヒトらしく在らねばマッハで地球は破滅する。
この物語は全ての人類が覚悟を決める物語だ。刮目せよ。